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2021年司法試験本試験論文式試験 講評

公法系科目 第1問(憲法)  公開:2021年6月4日

 
【本試験の分析(辰已法律研究所作成)】
 
1 はじめに
 今年の公法系科目第1問(憲法)は,国会議員Xらが,「規制① 顔を隠して集団行進に参加することを禁止する。」,「規制② 集団行進において公共の安全を害する行為を行った者が一定比率以上含まれる団体を監察対象として指定し,当該団体がその活動のために利用している機関紙,ウェブサイト,SNSのアカウント等について,報告を義務付ける。」の内容として検討されている「公共の安全を害する行為の抑止及び公共の安全を害する行為を助長する団体の規制に関する法律案の骨子」【別添資料】について,法律家甲に相談したという事例をもとに,「あなたが検討を依頼された法律家甲であるとして,規制①及び②の憲法適合性について論じなさい。なお,その際には,必用に応じて,参考とすべき判例や自己の見解と異なる立場に言及すること。規定の文言の明確性,手続の適正については,論じる必要はない。」との設問に答えるものです。規制①につき,表現の自由,集会の自由などが問題となり,規制②につき,プライバシー権,結社の自由などが問題となるものと思われます。もっとも,検討する人権選択が非常に難しい問題です。
 まず,問題文は,5頁(実質的には4頁)であり,5頁目に【別添資料】「公共の安全を害する行為の抑止及び公共の安全を害する行為を助長する団体の規制に関する法律案の骨子」が掲載されています。
 また,難易度は,人権選択などが非常に難しく,現行司法試験の論文式試験公法系科目第1問(憲法)の中でも難問の部類に入るでしょう。
 なお,本問規制①に関しては,アメリカ合衆国における集団であるクー・クラックス・クラン(KKK)の活動を受けての覆面禁止法を論じた小谷順子「アメリカ合衆国憲法修正一条と覆面禁止法」静岡大学法政研究14巻3・4号P.35~65(静岡大学学術リポジトリで閲覧可能)が素材と思われます。また,本問規制②に関しては,宍戸常寿(令和3年司法試験考査委員)『憲法 解釈論の応用と展開』(日本評論社,第2版,2014)P.36~47,内野正幸「団体規制法上の観察処分の違憲性」筑波法政30号P.1~15(つくばリポジトリで閲覧可能)が参考になります。
 
2 本問の分析
第1 規制①の憲法適合性
1 前提
 規制①はデモそれ自体を規制するものではなく,顔を隠して集団行進に参加することを禁止する法律案です。法律案の骨子「第2 定義」の第1項に「顔面を覆う行為」の定義があり,さらに「第3 顔面を覆う行為の禁止」において集団行進における正当な理由のない顔面を覆う行為に対して10万円以下の過料が規定されています。これらの法令違憲の検討をすることになるでしょう。なお,誘導文Xの第2発言より,漠然不明確故に無効の法理などの文面審査の検討は不要です。
2 保護範囲の検討
 実際には様々な人権が考えられるところですが,ここは素直に集会の自由(憲法21条1項)で構成してしまってよいでしょう。問題文事実1において「上記各団体は,顔を隠すこと自体に特定のメッセージを込めていなかった」,誘導文Xの第1発言において「覆面や仮面で顔を隠している人はそのことで何かを伝えようとしているわけではない」との記載があり,これは思想良心の自由(19条)の問題ではないことを示していると考えられます。また,誘導文Xの第2発言において信仰上の理由から顔を隠すといったことは「正当な理由」があるものとして扱われるので,信教の自由(20条)の問題ともなりません。
 顔を隠すなど自由な形でデモ行進等を行うことができる自由として集会の自由に含まれるとしてしまってよいでしょう。
3 制約の有無
 本件では,集団行進において顔を隠す場合,10万円以下の過料に処せられる可能性があるため,制約はあると考えてよいでしょう。しかし,誘導文Xの第1発言にもあるように,本件ではデモそれ自体を規制しているわけではないので,制約はないのではないか,制約があるとしても間接的制約にすぎないという議論が考えられるところです。
4 正当化
⑴ 権利の重要性
 本件では集会の自由という精神的自由権が問題となっているので,権利の重要性は高くなります。もっとも,デモそれ自体を行うことは可能なので,顔を隠して参加することにどれだけの重要性があるのかを検討する必要があります。顔を隠すこと自体に特定のメッセージを込めていないことを前提とすると,顔を隠すという行為についての権利の重要性は低くなるでしょう。
⑵ 規制態様の厳しさ
 制約部分でも検討したとおり,本件ではデモそれ自体を規制しているわけではないので,あくまで間接的制約にすぎないという点が重要となります。また,反対利益として公共の安全が考えられるところ,その場合の制約に対する合憲性判断を示したものとして,泉佐野市市民会館事件(最高裁平成7年3月7日第三小法廷判決)や新潟県公安条例事件(最高裁昭和29年11月24日大法廷判決)が挙げられます。その他,あてはめ部分で検討してもよいと思いますが,本件で顔を隠したとしても過料という行政罰が与えられるのみで,刑罰が科せられるわけではないということから規制態様は厳しくないということも可能でしょう。
⑶ 違憲審査基準
 上記権利の重要性及び規制態様の厳しさを検討したうえで,違憲審査基準を導く必要があります。集会の自由の重要性を強調するのであれば,泉佐野市市民会館事件で用いられた「明らかな差し迫った危険」基準など厳格審査を導くことになるでしょう。
5 あてはめ
 「明らかな差し迫った危険」基準を用いる場合,規制①の立法に至った経緯を検討する必要があります。その際には,「デモの報道で顔が映る心配がない。」「就職活動や職場のことを気にせずデモに参加できる。」といった意見が多く見られること,顔を隠した参加者が破壊,暴力的な行為を行うようになったこと,実際にもいくつかのデモにおいて警察官を負傷させて数十名の逮捕者が出ていることを指摘したうえで,差し迫った危険があるかどうかを吟味する必要があるでしょう。その他,顔を隠している被疑者の特定が難しく,逮捕者が一部にとどまっているということから,上記事実が裏付けられることの指摘も可能でしょう。
 もっとも,警察官による警備を強めることで上記のような行為を防げる可能性があることも考えると,規制①は「明らかな差し迫った危険」がないものといえるでしょう。
 
第2 規制②の憲法適合性
1 前提
 規制②は団体を観察対象として指定し,当該団体がその活動のために利用している機関紙,ウェブサイト,SNSのアカウント等について報告を義務付ける法律案です。法律案の骨子「第2 定義」の第2項,第3項において団体の定義,「第4 観察処分」において観察処分の内容が規定されています。これらの法令違憲を検討することになるでしょう。なお,誘導文Xの第5発言より,手続保障についての検討は不要です。
2 保護範囲
 規制①と同様,様々な人権が考えられますが,報告を義務付けているという点でプライバシー権もしくは自己情報コントロール権(憲法13条後段)で構成するのが筋がよいと言えるでしょう。結社の自由(21条1項)だと,報告義務の対象などの事情を使いづらくなります。
3 制約の有無
 団体に対して報告を義務付ける点で,国家による監視を行っているといえるため,プライバシー権に対する制約はあると考えてよいでしょう。
4 正当化
⑴ 権利の重要性
 誘導文Xの第4発言や甲の第5発言において,報告義務の対象が示されています。対象があくまで,団体がその活動のために利用している機関紙のほか,団体が利用しているウェブサイト等誰もが見ることができるようなものであることを強調するのであれば,権利の重要性は低いといえます。プライバシー権の内容により,その権利の重要性を検討した判例として,早稲田大学江沢民講演会事件(最高裁平成15年9月12日第二小法廷判決)やノンフィクション「逆転」事件(最高裁平成6年2月8日第三小法廷判決)を挙げることができます。
⑵ 規制態様の厳しさ
 規制②を受ける団体の指定の要件を検討することになります。集団行進において「公共の安全を害する行為」を行い刑に処せられた者の要件のうち,「公共の安全を害する行為」の範囲は法律案「第2 定義」第2項で問題ないか,過去5年以内に処罰されたという期間が長くないかを検討することになります。そして,その者が構成員の10パーセント以上という基準も規制態様として厳しくないかどうかを検討することになります。その他,規制①と同じく違反時に科せられるものが行政罰である過料という点も重要となります。
⑶ 違憲審査基準
 上記権利の重要性及び規制態様の厳しさを検討したうえで,違憲審査基準を導く必要があります。本件報告義務の対象のプライバシー性が高くないことや団体の指定の要件を絞っていることを考えるならば,違憲審査基準は緩やかなものとなるでしょう。主として目的手段審査を用いることになります。
5 あてはめ
 「まず,目的は,公共の安全の確保及び観察処分を受けた団体が自覚ある行動をとることを促すことにあります。デモ行進における行動の動画や集団行進への参加の呼びかけをウェブサイトやSNSを通じて配信していたことを考えると,これらの目的は重要といえるでしょう。
 「そして,手段ですが,上記検討のとおり,報告義務の対象が誰もが見ることのできるものであって,氏名等,秘匿性の高いものを含んでいないこと,あくまで報告するにすぎないこと,団体の指定の要件も厳格であることを考えると,目的達成のための手段として最小限度といえることになるでしょう。
 
※上記の本問規制②の分析では,プライバシー権の問題と構成しましたが,芦部信喜『憲法(第7版)』P.228に,「結社の自由は,団体を結成しそれに加入する自由,その団体が団体として活動する自由はもとより,…」とあることから,結社の自由と構成することも可能と思われます。
 
3 的中情報★★★

・スタンダード論文答練(第2クール)公法系2第1問(辰巳専任講師・弁護士 村上貴洋先生御担当)
 「団体規制法と観察処分」ズバリ的中★★★
 
無差別大量殺人行為を行った団体の規制に関する法律(団体規制法)の事例を素材として,信教の自由,プライバシー権,適正手続,第三者の主張適格などを問うています。上記の団体規制法は,本試験問題の会話文の「団体の規制に関する既存の立法」に該当するものと思われ,受講生の皆様には非常に有益であったと思われます。

公法系科目 第2問(行政法)  公開:2021年6月4日

 
【本試験の分析(辰已法律研究所作成)】
 
1 はじめに
 今年の公法系科目第2問(行政法)は,屋台の設置にかかる道路占用許可に係る新たな条例による規制に関する事例のもと,処分性,訴えの利益等について検討させる出題でした。
 まず,〔設問1〕⑴,〔設問1〕⑵,〔設問2〕の配点の割合は,35:20:45と問題文冒頭に記載されています。また,問題文の頁数は8頁(実質7頁)で,昨年度と同数ですが,関係条文の分量は若干少なくなっています。
 また,出題内容としては,道路法に定める道路占用許可制度と,当該許可の審査基準として条例で定められた屋台営業候補者の選定制度の関係の理解を前提に,不選定行為の処分性の有無,競願する選定制度における訴えの利益,及び専門委員会の審理手続の瑕疵と不選定行為の違法事由を問うものでした。昨年に引き続き,取消訴訟の訴訟要件のうち,処分性の有無が問われ,これと訴えの利益の検討が設問1のメインとなりますが,論点を的確に捉えた上で,問題文の事例に即した論証が求められます。昨年度に比べると論点と法の構造は明快であることから,難易度は全体的に平年並みといえます。いずれにせよ,問題文で示された事実を丁寧に拾い上げることが重要となります。
 なお,本問の素材となったと思われる裁判例として,福岡地判令元.11.27(平成29(行ウ)18,道路占用許可処分義務付け等請求事件,下記裁判所ウェブサイト裁判例搭載)があります。
 この裁判例では,「個別事情配慮義務違反関係」の部分で,「…裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があるということはできない。」などと判示しています(裁判所ウェブサイト掲載の判決文P.36~7)。
 
2 本問の分析
〔設問1〕⑴(配点35点)
 本問では,A市屋台基本条例(以下「条例」という。)に基づき,市長がBに対して行った屋台営業候補者に選定しないという決定が,取消訴訟の対象である「処分その他公権力の行使」に該当するか否かを検討するよう求められています。そこで,「処分その他公権力の行使」(行政事件訴訟法3条2項)に該当する,すなわち「直接国民の権利義務を形成しまたはその範囲を確定することが法律上認められているもの」(最判昭39.10.29民集18-8-1809 行政判例百選Ⅱ(第7版)148事件)に該当するかどうかを検討することになります。
 会議録によれば,市長は本件不選定決定を処分に当たると理解して,不選定通知書に審査請求や取消訴訟の教示を行っておりますが,これが処分性の有無についての直接的な根拠とされるわけではなく,会議録で述べられた通り,「この理解が正しいか」を論証していくことが必要となります。
 道路法は,道路に工作物等を設置して継続的に道路を使用する際には道路管理者の許可が必要である旨を規定します(道路法32条1項)。そして,本件で問題となる屋台は「露店」に該当するものですから,その設置による道路の使用には道路管理者の許可が必要となります(同項6号)。この点,道路占用許可について,道路法は,道路の敷地外に余地がないためやむを得ないものであり,かつ,占用の目的や様態等について政令で定める基準に適合する場合に限り,これを認める旨を規定しています(道路法33条1項)。道路の本来の目的は一般交通の用に供することですから,道路の占用はそれを妨げない範囲内で認められるべき事柄であって,その判断は道路法33条1項に規定する基準を満たすことを前提として,個々の道路の状況や管理の実情等に即した道路管理者の合理的な裁量に委ねられているといえます。そこで,条例は,第9条において,道路法33条1項に規定する場合に該当することを前提とした市道の占用許可に関する審査基準を定めていることになります。
 条例の定める道路占用許可に関する審査基準においては市道占用許可を受けている既存の屋台営業者(現営業者)について,その親族(配偶者又は直系血族)のみが新規に申請をすることができ,それ以外の者は屋台営業候補者として選定されることが必要となります(条例9条1項⑵アイ)。また,屋台営業は市道占用許可を受けた者が自ら行い,その権利の譲渡等を禁ずる旨を明示しています(条例13条)。道路占用許可を得るためには屋台営業候補者とならなければならないことから,この条例による選定制度は,道路占用許可の前提あるいは新たな規制と位置付けられ,屋台営業者に対する重大な制約として機能することになります。そして,その決定は,以下のように条例とそれに基づく規則で定められた基準に基づき市長が行うものとされていることから,「国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められたもの」と解すべきことになるでしょう。
 なお,「申請」とは,「法令に基づき,行政庁の許可,認可,免許その他の自己に対し何らかの利益を付与する処分…を求める行為であって,当該行為に対して行政庁が諾否の応答をすべきこととされているものをいう。」です(行政手続法第2条第3号)。条例においては,A市屋台専門委員会(以下「専門委員会」という。)に諮った上で,基準に基づき選定を行い,選定された者への通知を定めておりますが(条例26条),さらに,規則においては,屋台営業候補者の選定を受けようとする者は,申請書を提出しなければならないものとされ(A市屋台基本条例施行規則18条),その選定基準を定めた上で(同規則19条),選定結果を応募者に通知すべきものとしています(同規則21条)。このように法令上,申請制度が定められていることからも,条例が規定する選定制度に基づく選定決定は,申請に対する処分であるといえそうです。
 
〔設問1〕⑵(配点20点)
 本問では,本件不選定決定が処分であることを前提として,Bが本件不選定決定の取消しを求める訴えの利益があるか否かを検討するよう求められています。訴えの利益(行政事件訴訟法9条1項かっこ書)が認められるには,当該処分を取り消すことによって現実に救済される法律上の利益を原告が有することを要します。
 屋台営業候補者を公募するにあたり,市長は場所を指定して行うものとされ(条例25条1項),A市屋台営業候補者募集要項によれば,応募者は(本件では20区画のうちから)営業希望場所1か所を明記することが求められます。これを受けて専門委員会は,営業希望場所ごとに総合成績が最も優れた者各1名を候補者として推薦するものとされ,これを受けて市長が候補者を決定することとなります。
 ここで,Bが提起した取消訴訟において勝訴し,Bに対する本件不選定決定が取り消されたとしても,それによって当然にCに対する本件候補者決定が失効するものではなく,Cに対してすでに処分が有効になされている以上,Bが改めて候補者とされる余地はないため,Cに対する本件候補者決定が取り消されない限り,Bは本件不選定決定の取消しを求める訴えの利益がないのではないか,ということが論点となります。
 この点,会議録でも参考判例として挙げられている最高裁昭和43年12月24日判決(以下「東京12チャンネル事件最判」という。)によれば,BとCとは1つの候補者選定枠をめぐり競願関係にありますが,Cに対する本件候補者決定とBに対する本件不選定決定とは「表裏の関係にあるもの」といえます。そして,Bに対する本件不選定決定が取り消された場合,市長は判決の拘束力により,本件不選定決定を行う前の「白紙の状態に立ち返り」,あらためて専門委員会に諮り,どの応募者を選定すべきかの判定を求め,その推薦に基づき決定をなすべきこととなります。つまり,Bが自身に対する本件不選定決定の取消しを求める場合でも,再審査の結果によっては,Cに対する本件候補者決定を取り消し,Bを候補者とすることもありうるわけです。そのため,Bに対する不選定決定の取消しが当然にCに対する候補者決定を「招来するものでないことを理由に,本件訴えの利益を否定するのは早計」であって,Bは不選定決定の取消しを求める訴えの利益を有すべきことを主張することになるでしょう(以上引用は東京12チャンネル事件最判より。)。
 
〔設問2〕(配点45点)
 本問では,本件不選定決定の取消訴訟において,A市側の反論を踏まえつつ,Bが主張すべき違法事由を検討することが求められております。具体的には,①他人名義営業者の地位への配慮の欠如と,②屋台営業の実績考慮の合理性,を前提に市長の判断の違法性を主張することになります。つまり,他人名義営業者の地位に配慮すべきところ,そのような措置が十分に取られておらず,委員会においてはそのような配慮がなされていたものの,市長はこうした配慮を認めず,委員会の推薦者と異なる応募者を候補者として決定した点で違法なものであったことを主張することになるでしょう。
 ①について,まず,Bは他人名義とはいえ道路占用許可に基づき,屋台営業を10年以上にわたって認められてきており,A市との間で特にトラブルもなかったというのですから,通常であれば何ら問題なく道路占用許可が更新され,引き続き屋台営業をすることができ,またそれを期待しうる地位にあったと主張できそうです。これに対し,A市からは,そもそも他人名義での屋台営業は,道路法上の道路占用許可を受けていない無許可営業に当たり,法的な保護に値しないとの反論が予想されます。
 しかし,道路占用許可制度は,道路を一般交通の用に供するため,その本来的な機能を阻害しない範囲で占用を認める趣旨のものであって,道路法もそのような観点から申請書への記載事項を定めています(道路法32条2項)。条例の第9条は,道路法の道路占用許可の審査基準とされる以上,このような道路法の趣旨を踏まえたものともいえます。また,A市における屋台営業は,貴重な観光資源となっているほか,地域振興や防犯効果をもたらすものでもありました。この間,議会も実際に規制を行うことがありませんでした。上述のように,道路占用許可期間において更新を拒否する特段の事情がなければ,許可は更新されるものであって,Bのような長年の営業実績を有し,適切な手法で営業してきた者に関しては,その地位は法的な保護に値するものといえます。
 そして,新たに条例が制定されたことによって,候補者として選定されない限り,屋台営業を継続できなくなりますが,これまで屋台営業を行ってきた者は生活の糧を直ちに失うことになるため,こうした法的に保護すべき利益に対し,配慮すべきことが要請されます。会議録でも言及されたように,このような利益への配慮として適切な経過措置を定めることが通例ですが,条例の施行前に他人名義での営業を行っていた者については,現在の道路占用許可の期間の範囲内,つまり最長6か月の営業の継続が認められるに過ぎません。6か月以内に新たな店舗や仕事を見つけることは困難であることから,この程度の配慮措置では不十分であるといえます。そこで,条例そのものが直ちに違法とはいえないまでも,少なくとも,これまで問題なく屋台営業を継続してきたBに関しては,その個別事情を踏まえ,営業利益や生活利益に配慮し,十分な生活再建期間を設けるべきであって,こうした配慮義務を尽くさないまま不選定としたことは,考慮すべきことを考慮しなかった違法な処分であったと主張することになるでしょう(条例による新たな規制と配慮義務についての最高裁平成16年12月24日(伊勢長島町水道水源保護条例事件)参照)。なお,後述の通り,専門委員会は,他人名義営業者の利益に配慮した対応をしていましたが,市長はこれを考慮から外した点も指摘できます。
 ②について, 候補者選定にあたり,条例は専門委員会への諮問・答申手続を定めています。他方で,専門委員会はA市との間でトラブルのなかった他人名義営業者について,加点するという申合せを行った結果,Bを屋台営業候補者として推薦していました。しかし,市長はこの申合せに基づく点数を差し引いて選定したため,Bは不選定とされました。
 審議会の答申と処分庁の判断について,会議録で言及された最高裁昭和50年5月29日判決は,以下の通り判示しています。「行政庁が行政処分をするにあたって諮問機関に諮問し,その決定を尊重して処分をしなければならない旨を法が定めているのは,処分行政庁が,諮問機関の決定(答申)を慎重に検討し,これに十分な考慮を払い,特段の合理的な理由がないかぎりこれに反する処分をしないように要求することにより,当該行政処分の客観的な適正妥当と公正を担保することを法が所期しているためであると考えられるから,かかる場合における諮問機関に対する諮問の経由は,きわめて重大な意義を有するものというべく,したがって,行政処分が諮問を経ないでなされた場合はもちろん,これを経た場合においても,当該諮問機関の審理,決定(諮問)の過程に重大な法規違反があることなどにより,その決定(諮問)自体に法が右諮問機関に対する諮問を経ることを要求した趣旨に反すると認められるような瑕疵があるときは,これを経てなされた処分も違法として取消をまぬがれないこととなるものと解するのが相当である」。
 つまり,専門委員会による判断を覆すに足る特段の合理的な理由がない限りこれに従わなかった処分は違法となることを主張できそうです。これに対して,ここでいう特段の合理的な理由には,客観的な適正妥当と公正を担保するとの諮問の趣旨に反するような事態が生じたことが含まれ,本件に即して言えば,専門委員会が他人名義営業者に加点したことが不合理なものであるとの市側の反論が考えられます。
 この点,専門委員会は,他人名義営業者の営業利益や生活利益への配慮によるものであったことのほか,A市の屋台政策への確実な貢献が期待できると判断していたことから,こうした他人名義営業者は,引き続きA市の観光資源として,また街のにぎわいや防犯効果をもたらすことに貢献することが期待できるものですし,A市においても良好な屋台営業者による安定した屋台営業が確保できることになります。そのため,申合せの内容は,具体的には候補者選定の審査基準である施行規則第19条各号に定める「関係法令の遵守」,「A市らしい文化を守る」こと,「地域貢献」または「まちににぎわいや人々の交流の場を創出し,まちの魅力を高めようとする意欲が感じられる」かどうかを判断する際の考慮要素として是認できるものでしょう。また,競争性を最低限確保するため,加点も25点の範囲内にとどめたうえで5点の加点としており,新規の応募者と比較して著しく不公平なものとも言えないものでしょう。
 以上の点から,専門委員会の申合せは審査基準の適合性判断のための客観的な適正妥当かつ公正な考慮要素として是認でき,これに基づく判断を特段の合理的な理由なく覆して,これと異なる判断をした市長の処分は違法であると主張することになるでしょう。
 
3 的中情報★★★
・2021スタンダード論文答練(第1クール)行政法第1問(辰巳専任講師・弁護士 宍戸博幸先生御担当)
 「処分性」ズバリ的中★★
 処分性は,令和2年司法試験及び予備試験の論文式試験で出題されておりますが,行政事件訴訟の骨格ともいえるテーマであることから,2021スタンダード論文答練でも敢えて出題致しました。

民事系科目 第1問(民法)  公開:2021年6月4日

 
【本試験の分析(辰已法律研究所作成)】
 
1 はじめに
 今年の民事系科目第1問(民法)は,即時取得,盗品の回復(設問1),契約の解釈,準委任(設問2),保証,求償(設問3)など,財産法の主要テーマについて,物権法,債権総論,契約法という民法の主要領域をバランスよく問うています(ちなみに,令和3年司法試験考査委員(出題委員)の民法の学者委員の研究領域も,上記のようにバランスよく分かれているように思われます。)。
 まず,問題文は4頁(実質的には3頁)で,設問1から設問3までの配点の割合は35:25:40と問題文冒頭に明記されております。そして,設問2と3は,各々2つの小問に分けられています。
 また,難易度は,設問3が細かい知識を問うて若干難しいものの,全体として見れば基本的な知識・理解を問うていることから,例年並みかと思われます。
 なお,設問2の「契約の解釈」に関しては,令和3年司法試験考査委員である沖野眞已 東京大学大学院法学政治学研究科教授の関心分野であり,辰已専任講師・弁護士福田俊彦先生監修の「2021辰已司法試験全国公開模試 令和3年主要考査委員紹介&出題予想」には,以下のように記載しております。
 「『契約の解釈』に関しては,沖野教授の助手論文である『契約の解釈に関する一考察 ―フランス法を手がかりにして―』⑴~⑶法学協会雑誌109巻2号P.245~311,4号P.495~567,8号P.1265~1373(1992年)があり,その概要は,『フランス法における契約の解釈』私法54号P.276~283にまとめられています。もっとも,その内容は高度であり,司法試験のレベルを超えています。したがって,契約の解釈に関する司法試験論文式試験対策としては,平成21年および平成24年の司法試験論文本試験過去問を検討し,大判昭19.6.28民集23-387の判例批評である鹿野菜穂子『判批』民法判例百選Ⅰ(第6版)P.38~9を検討すること及び標準的な基本書で理解を深めることをお薦めします。沖野教授が幹事を務めた法制審議会民法(債権関係)部会の『民法(債権関係)の改正に関する中間試案の補足説明』(平成25年4月法務省民事局参事官室)P.359~365を参照するのも良いでしょう。」
 
・「民法(債権関係)の改正に関する中間試案の補足説明」(平成25年4月法務省民事局参事官室)(法務省HP)
 
 また,本問を解答するに際しては,沖野眞已・窪田充見・佐久間毅編著『民法演習サブノート210問』(弘文堂,第2版,2020)P.85~6「43 動産の即時取得」,P.87~8「44 盗品の回復」(以上,石綿はる美執筆),P.187~8「94 保証債務の履行と求償」(齋藤由紀執筆),P.261~2「131 役務提供型契約」(山下純司執筆),P.271~2「136 委任契約の解除」(岩藤美智子執筆)が極めて有益です。
 
2 本問の分析
〔設問1〕(配点35点)
1 下線部㋐におけるCの主張の根拠
 請求1は,AがCに対して工作機械甲の所有権に基づく返還請求権としての引渡請求権に基づき甲の返還を求めています。それに対して,Cは,下線部㋐において,甲の所有権を取得したDから甲を借りていると主張しています。
 これは,Dが,甲について無権限であるBから甲を代物弁済(民法(以下,法律名は省略。)482条)として譲り受けたことにより,その所有権を即時取得(192条)し,Cは,甲の所有権を有するDから甲を使用貸借(593条)しているから,甲の占有権原があるという占有権原の抗弁を根拠としています。
2 下線部㋑におけるAの主張の根拠
 1のCの主張に対し,Aは,下線部㋑において,BからDへの譲渡後もCが甲を現実に支配する状態に変わりがない以上,Dは甲の所有権を取得したとはいえないと主張しています。
 これは,即時取得(192条)が成立するためには,「動産の占有を始めた」といえる必要があるところ,本問のような指図による占有移転(184条)では,「動産の占有を始めた」とはいえないことを根拠としています。
3 下線部㋒におけるAの主張の根拠
 また,1のCの主張に対し,Aは,下線部㋒において,Aが所有する甲が盗まれた事実に照らすと,CはAの請求に応じるべきであると主張しています。
 これは,Cの占有する甲が「盗品」であることから,「被害者」Aは,「盗難…の時から2年間」,「占有者」Cに対して「その物の回復を請求することができる」こと(193条)を根拠としています。
4 下線部㋐,㋑及び㋒の主張の当否
 では,Dに甲の即時取得が認められるでしょうか。即時取得の要件事実は,取引行為とそれに基づく引渡しです。
⑴ まず,本問では,即時取得の要件である「取引行為」に代物弁済としての給付が当たるかが,問題となります。
 ここにいう「取引行為」は,動産について行使する権利を取得する原因となるものでなければならないと解釈されています。そうすると,売買や贈与のみならず,弁済又は代物弁済としての給付も,これに当たります。
⑵ 次に,192条の「占有を始めた」に,指図による占有移転(184条)が含まれるかが問題となります。
 判例は,即時取得を否定したもの(大判昭和8年2月13日・新聞3520-11,大判昭和9年11月20日・民集13-2302)と肯定したもの(最判昭和57年9月7日・民集36-8-1527)とに分かれています。この違いは,一般外観上従来の占有状態に変更が生じているか否かによると説明されています。
 本問では,甲はBからCに引き渡されていることから,一般外観上従来の占有状態に変更が生じているといえ,「占有を始めた」に当たるでしょう。
 そうすると,下線部㋑の主張は認められず,下線部㋐の主張が認められることになるでしょう。
 もっとも,甲は「盗品」であり,甲が盗まれてから「2年」以内であるため,193条により,「被害者」Aは「占有者」Cに対してその物の回復を請求することができ,下線部㋒の主張が認められるでしょう。
5 請求1の可否
 以上のように,下線部㋒のAの主張が認められることから,AのCに対する甲の返還請求は認められるでしょう。
6 請求2の可否
 では,AのCに対する令和2年5月1日から甲がAに返還されるまでの間の使用料相当額の支払請求は認められるでしょうか。
 判例は,回復請求までの間も,物の所有権は,原所有者に帰属すると判示しています(原所有者帰属説。大判大正10年7月8日・民録27-1373)。そうすると,所有者が物を回復するまでの間は,占有者は他人の物を権原なく占有していることになり,所有者は,不当利得返還請求権(703条)に基づき占有者に使用料相当額の支払請求をすることができると考えることができそうです。
 もっとも,不法占有中に生じた果実の扱いについては,189条と190条に定めがあります。また,果実と使用利益は別のものですが,物の使用利益は果実と同視することができると解されています(大判大正14年1月20日・民集4-1,最判昭和37年2月27日判タ140-58)。本問では,189条1項に基づき,占有者Cは,「善意(ここでいう善意とは,果実を取得する権能のある本権を有していると信じていることをいいます。)」といえますので,「占有物から生ずる果実を取得」し,Aに対して使用料相当額の支払をする義務を負わず,Aは使用料相当額の支払請求をすることができないといえるでしょう。なお,この点に関しては,所有者が物の不法占有者に対して703条に基づく利得返還請求をすることができるかが問題になりますが,189条は善意占有者に果実の終局的取得を認める特則であり,不当利得の規定は排除されると解することができますし,判例もそのように解する立場といえます(前掲大判大正14年1月20日,最判昭和42年11月9日・判時506-46)。
 また,判例は,盗品の被害者が盗品の占有者にその物の回復を求めたのに対し,占有者が194条に基づき支払った代価の弁償があるまで盗品の引渡しを拒むことができる場合には,占有者は,当該弁償の提供があるまで盗品の使用収益を行う権原を有すると判示しています(最判平成12年6月27日・民集54-5-1737)。本問では,194条が直接適用される事案ではないため,上記判例の射程が直ちに及ぶわけではありません。しかし,Dは土木業を営むBから工作機械である甲を善意で代物弁済として給付を受けており,194条と同様の状況といえるといえれば,Aは,使用料相当額の支払請求をすることはできず,Cに対しても請求は認められないということもできるでしょう。
 これに対して,回復されるまでの間は,物の所有権は占有者に帰属するという見解もあります(占有者帰属説)。この見解によれば,占有者Cは所有権に基づき甲を使用収益していますので,Aは,Cに対して使用料相当額の支払請求をすることができないでしょう。
 
〔設問2〕(配点25点)
1 小問⑴
⑴ 契約①によるEの債務の内容
これは,令和3年6月から10月までの5か月間,Aの事業所にて出張講座を開設し,週4日,授業を行うことであり,役務提供型契約といえます。
⑵ 契約①の性質
 民法に規定されている13個の典型契約(有名契約)の中で,役務提供型契約は,雇用(623条以下),請負(632条以下),委任(643条以下)の3つあります。
 契約①は,役務を提供する当事者が相手方から独立し自らの裁量で行うものであることから雇用とは異なり,また,一定の結果の達成を債務の内容とする請負とも異なり,一定の行為をすることそれ自体を債務内容とする契約といえることから,委任といえます。
 そして,委任の中でも,委任事務の内容が法律行為でない事務の処理(事実行為)であることから,準委任契約(656条)に当たります。
2 小問⑵
⑴ 請求3の可否
 Eは,Aに対し,令和3年8月分の月額報酬60万円の支払を求めていますが,認められるでしょうか。
 契約①という「特約」に基づき,受任者Eは,令和3年6月から10月までの5か月間,月額報酬60万円を請求することができます(648条1項)。
 準委任には,委任に関する規定が準用されます(656条)。Aは,同年8月31日,Eに対し,契約①を解除する旨の意思表示をし,これによって本件講座は閉鎖されています。このように,「委任が履行の中途で終了したとき」でも,既に受任者によって遂行された事務処理は,委任者にとって意味を有することから,受任者は,既にした履行の割合に応じて報酬を請求することができます(648条3項2号)。
 これに対して,Aは,契約①は乙検定にAの従業員を合格させることを目的とした成果完成型の準委任であるから,委任事務が可分であっても完成された部分が委任者にとって利益とならないときは,受任者は報酬を請求することができないと反論することが考えられます(648条の2)。
 しかし,Aの反論のように,契約①を成果完成型の準委任と考えた場合であっても,契約①では,月額で報酬を定めていること及び月額報酬とは別に同年の乙検定の合格者数に応じた成功報酬の合意をしていることから,受任者が既にした委任事務が可分であり,かつその部分を引き渡すことで委任者が利益を受けるときに当たるとして,受任者は,委任者が受ける利益の割合に応じて報酬を請求することができる(648条の2第2項,634条)と考えられます。
 よって,請求3は認められるでしょう。
⑵ 請求4の可否
 Eは,Aに対し,令和3年9月及び10月に関する損害賠償金120万円の支払を求めることができるでしょうか。
 委任は,当事者の人的信頼関係に基づいて成り立っており,その信頼関係がなくなれば契約を存続させる意味を失うため,各当事者はいつでもその解除をすることができます(651条1項)。
 もっとも,Eは,本件講座に専念するため,新たな出張講座の依頼を受けないことをAに伝えており,Aによる令和3年8月31日の契約①の解除は「相手方に不利な時期に委任を解除したとき」に当たるとして,Aに対して損害賠償を請求していると考えられます(651条2項1号)。
 これに対して,Aは,本件講座の膨大な課題の量についていけず,止めたいと言い出す受講生も現れたため,Eに対し善処を求めたものの断られたことから,解除をするにつき「やむを得ない事由」があったとして,損害賠償責任を負わないと反論することが考えられます(651条2項柱書ただし書)。「やむを得ない事由」には,受任者が著しく不誠実な行為をした場合がこれに当たります。そこで,本件講座の内容やEがAの申入れを断ったことから,Eが著しく不誠実な行為をしたといえるかどうかについて検討していくことになるでしょう。結論は,どちらもあり得ると思われます。
 仮に,EのAに対する120万円の損害賠償請求権の発生を認める場合には,Eが令和3年10月に別の企業において2週間の出張講座を行い,その報酬として15万円を得たことが,損益相殺(損害賠償の発生原因が生じたことにより,債権者が損害を受けたのと同時に利益も受けた場合,その利益分を損害賠償額から控除すること)として控除されないかが問題になります。損益相殺は,条文にはありませんが,公平の理念により,解釈上認められています(536条2項後段参照)。債務者から損害賠償を受ける債権者が,第三者からも支払を受ける場合にしばしば問題になります(重複填補の調整の問題といわれます。)。不法行為についてですが,最大判平成5年3月24日・民集47-4-3039は,「被害者が不法行為によって損害を被るのと同時に,同一の原因によって利益を受ける場合には,損害と利益の間に同質性がある限り,公平の見地から,…損益相殺的な調整を図る」と判示しており,この基準は,債務不履行にも妥当すると解釈することができます。本問では,Eが契約①の解除によって損害を被るのと同時に,同一の原因によって15万円の報酬を受けたとはいえないでしょうから,損益相殺として控除されることはないといえるでしょう。
 
〔設問3〕(配点40点)
1 小問⑴
⑴ 500万円全額について
 HのFに対する契約③に基づく500万円の支払請求に対し,Fは,Hに対して500万円全額につき支払を拒むことができるでしょうか。
ア まず,Fは,Hに対して催告の抗弁権(452条本文)及び検索の抗弁権(453条)を主張して支払を拒むことが考えられます。
 しかし,Fは,連帯保証人であることから,これらの抗弁権を有しませんので(454条),これらの抗弁権を主張して支払を拒むことはできません。
イ 次に,Fは,令和15年5月11日の時点で,弁済期である令和10年4月1日から5年が経過しているので,主債務である本件債務の消滅時効を援用し(166条1項1号,145条),消滅の付従性によって保証債務が消滅することを理由に支払を拒むことが考えられます。
 しかし,Aは,弁済期後の令和10年6月20日にHに対して本件債務の弁済の猶予を求める書面を送付しており,これは「権利の承認」に当たるため,時効が更新されます(152条1項)。そのため,令和15年5月11日の時点で,主債務である本件債務の消滅時効は完成していません。したがって,Fは,主債務が時効によって消滅したことを理由に500万円全額につき支払を拒むことはできません。
⑵ 丙の売買代金100万円分について
 では,Fは,Hに対して丙の売買代金100万円分につき支払を拒むことができるでしょうか。
 主たる債務者が債権者に対して相殺権を有するときは,その権利の行使によって主たる債務者がその債務を免れるべき限度において,保証人は,債権者に対して債務の履行を拒むことができます(457条3項)。
 本問では,主たる債務者Aは,Hに対して丙の売買代金債権を有していますが,令和15年5月11日の時点で同売買代金債権は時効消滅しています。しかし,時効によって消滅した債権がその消滅以前に相殺に適するようになっていた場合には,その債権者は,相殺をすることができます(508条)。
 よって,主たる債務者Aは債権者Hに対して相殺権を有しているといえ,丙の売買代金100万円の限度において,連帯保証人Fは,Hに対して支払を拒むことができるでしょう。
2 小問⑵
⑴ FのAに対する求償の可否及び求償額
 Fは,Aに知らせないままHとの間で保証契約を締結しており,委託を受けない保証人といえます。主たる債務者の委託を受けないで保証をした者が債務の消滅行為をした場合には,その保証人は,主たる債務者に対し,「主たる債務者がその当時利益を受けた限度において」求償権を有します(462条1項,459条の2第1項)。
 本問では,Fは,Aとは長らく交流を断っていましたが,他に主たる債務者Aの意思に反する事情がないことから,Hに支払った300万円全額につき,Aが利益を受けたといえ,求償することができるでしょう。
⑵ FのGに対する求償の可否及び求償額
 FとGは,AのHに対する本件債務について,それぞれ保証債務を負担しており,共同保証であるため,Fは,「自己の負担部分を超える額を弁済したとき」にGに求償することができます(465条)。そして,連帯保証人が複数いる場合,連帯保証人は主たる債務者と連帯して全額弁済することを約束しているので,分別の利益がなく,Fは,自己の負担部分を超える額についてのみ,連帯債務者の場合に準じてGに求償することができます(465条1項,442条)。なぜなら,共同保証では,負担部分については主たる債務者に対する求償で満足し,それを超えた部分を共同で負担すべきであり,他の保証人に求償することができるのは,超過部分のみであるからです。
 また,相互に連帯していない連帯保証人のうち,一方について免除があったとしても,免除の効力は他方には及びません。
 本問では,FG間の内部的負担割合に関する合意がないことから,FとGの内部負担部分は2分の1ずつであり,Fは,Hに支払った300万円のうち,自己の負担部分である250万円を超えた部分である50万円について,Gに対して求償することができるでしょう。
 
3 的中情報★★★
・2021スタンダード論文答練(第2クール)民事系3第1問(辰巳専任講師・弁護士 宍戸博幸先生御担当)
 「即時取得,盗品の回復」ズバリ的中★★★
 本問は,盗難の被害者が盗品を占有する者に対してどのような請求をすることができるかを検討する問題です。本試験問題と同様に,盗品を占有する者に即時取得が成立するかを検討しつつ193条に基づく盗品の回復請求の可否,使用利益相当額の返還請求の可否などが問われています。受講生の方は極めて有利であったものと思われます。
 
・2021辰已・司法試験全国公開模試民事系第1問
 「契約の解釈」的中★★
 手付の法的性質と契約の解釈を問うており,解説の中で契約の解釈に関する法制審議会の中間試案を紹介するなど,受講生の方は有利であったものと思われます。

民事系科目 第2問(商法)  公開:2021年6月4日

 
【本試験の分析(辰已法律研究所作成)】
 
1 はじめに
 今年の民事系科目第2問(商法)は,多額の借財該当性,利益相反取引(設問1),株主の地位の認定(設問2),議決権の代理行使等(設問3)を検討させております。設問1及び設問3の議決権の代理行使は典型的な論点といえますが,設問2は難易度の高い応用問題といえます。
 まず,問題文は5頁(実質4頁)で,4頁目の下に「Fによる投票」欄の表が掲載されております。そして,設問1から設問3の配点は,35:25:40と問題文冒頭に記載されております。
 また,本問の解答に際しては,髙橋美加・笠原武朗・久保大作・久保田安彦『会社法』(弘文堂,第3版,2020)P.140~144,308~311などが有益です。
 さらに,本問は,例年以上に判例知識の比重が大きいといえます。判例対策としては,会社法判例百選(第3版)の他,考査委員の久保田安彦教授も執筆者の一人である久保田安彦・舩津浩司・松元暢子『会社法判例40!』(有斐閣,2019)などが有益かと思われます。
 
2 本問の分析
〔設問1〕(配点35点)
1 「多額の借財」(会社法(以下,略)362条4項2号)該当性
⑴ 甲社の立場において,本件連帯保証契約は「多額の借財」にあたり,取締役会の承認が必要であるところ(362条4項2号),本件では,甲社の取締役会の承認がなく,無効である旨の主張を行うことが考えられます。
⑵ 「多額の借財」該当性
 これに関しては,最判平成6年1月20日(会社法判例百選(第3版)63事件)が定立した判断基準,すなわち,当該財産の価額,その会社の総資産に占める割合等の諸般の事情を考慮して判断する必要があります。
 本件連帯保証契約の金額5000万円がそもそも高額であること及び甲社の当該事業年度の経常利益が2000万円であることを考慮すると,本件連帯保証契約は「多額の借財」に当たるといえるでしょう。
⑶ 取締役会の承認がない「多額の借財」の効力
 次に,取締役会の承認がない「多額の借財」が無効かどうかが問題となります。
 最判昭和40年9月22日(会社法判例百選(第3版)64事件)によれば,民法93条1項ただし書を類推適用し,取引の相手方が決議を知りまたは知ることができた場合には,取引は無効となると考えられます。判例の規範を用いるか否かにかかわらず,この判例への言及は必須と考えられます。
 甲社の立場としては,本件では取引の相手方である乙社の代表取締役Bは,甲社の取締役会の決議を経ていないことを知ることができた旨を主張していくことになるでしょう。問題文事実4において議事録の写しではなく,本件確認書の確認のみで済ませてしまったことや,問題文事実5においてAに議事録の写しを強く求めなかった事情等を拾いつつ評価を行う必要があります。そして,この主張の当否についても検討する必要があります。本件連帯保証契約を有効としても無効としてもよいでしょうが,いずれにしても,事実を丁寧に分析することが必要となります。
 
2 利益相反取引該当性(365条1項,356条1項3号)
⑴ 間接取引該当性
 本件連帯保証契約は甲社の代表取締役Aの負う5000万円の債務を保証しているので,356条1項3号に定める「株式会社が取締役の債務を保証すること」に該当するといえるでしょう。
⑵ 取締役会の承認を経ていない間接取引の効力
 そのうえで,甲社の立場において,本件連帯保証契約は利益相反取引に当たり,甲社の取締役会の承認を経ていないので無効である旨の主張を行うことが考えられます。
 最判昭和43年12月25日(会社法判例百選(第3版)58事件)が判示したいわゆる相対的無効説を論証することが求められます。会社が第三者に無効を主張するためには,①当該取引が利益相反行為に該当すること及び②取締役会の承認がなかったことについて第三者が悪意であったことを証明する必要があります。なお,②に関しては,第三者が善意・重過失の場合も,悪意と同様に考えられるといわれることが多いです。
 上記1でも検討した問題文の事実4や5の事情を指摘し,第三者乙に重過失があることを主張していくことになります。あわせて,当該主張の当否を事実の分析を行い検討することになるでしょう。
 
【参 照】
 平成20年新司法試験論文式試験民事系科目第2問の〔設問1〕において類似の問題が出題されました。当該問題の事実関係は,以下のとおりです。丙銀行の融資担当者Fは,本件保証契約締結の承認に係る乙社の取締役会議事録の不提出について自ら乙社の役員に確認することなく,Eに対して,議事録に代わるものの提出を求めました。丙銀行内部の決裁を得るため「乙社の役員全員に面談し,取締役会の承認を受けていることを確認した上で,乙社の代表取締役であるAから確認書を取得した。」旨を記載した稟議書を作成し,融資案件をまとめました。Fは,本件保証契約が利益相反取引に該当すること及び取締役会の承認がなかったことについて善意かつ無重過失であったかどうかの検討が求められています。
 参考となる裁判例は,銀行と会社との保証予約締結につき取締役会決議を欠く場合において,取締役会決議の不存在についての銀行の悪意・有過失の有無について判断しています。第1審である東京地判平成10年6月29日判時1669号143頁は,銀行の過失を肯定しましたが,控訴審である東京高判平成11年1月27日金判1062号12頁は,銀行の過失を否定しました。
 上記事案では銀行が債権者であるのに対し,本問の事案では事業会社である乙社が債権者です。乙社の代表取締役Bの重過失の有無を判断するにあたっては,こうした点も考慮すべきであると考えられます。
 
〔設問2〕(配点25点)
1 甲社は,非公開会社であるところ,譲渡制限株式のAに対する第三者割当てが行われています。割当事項に関しては,株主総会の特別決議で決めることになります(199条1項・2項,309条2項5号)。
 本件では,定時株主総会の決議を経て発行されているので,この点は問題ないと考えられます。
2 しかし,本件株式の株主名簿上の株主はAであるものの,本件株式の払込金額である2000万円は全てCの貯金によって賄われているので,本件株式の株主の地位はCに帰属するのか,それともAに帰属するのかが問題となります。
 最判昭和42年11月17日(会社法判例百選(第3版)9事件)は,「他人の承諾を得てその名義を用いて株式を引き受けた場合においては,名義人すなわち名義貸与者ではなく,実質上の引受人すなわち名義借用者がその株主となるものと解するのが相当である」旨判示し,実質説の立場に立つことを明らかにしています。この判決が引用する平成17年改正前商法201条の規律は会社法に承継されていませんが,会社法の下でも,下級審裁判例は,最高裁が示した実質説を前提に,個々の事案につき判断を示していることから,本問の解答にあたっても,同判決を引用したほうがよいでしょう。
 Cとしては,Aは208条1項に定める出資の履行をしておらず,株主の地位はないと主張することになるでしょう。もっとも,CがAに代わって出資の履行をしたと評価できるのであれば,Aは208条1項の出資の履行義務を果たしたことになります。同じような事例を判断した裁判例として,札幌地判平成9年11月6日があります。この裁判例では,株式払込金の負担者が,自身の子どもたちを実質的株主として株式を取得させるため株式払込義務を代行したと事実認定した点に特色があります。本件においても,CがAに実質的株主として株式を取得させるため株式払込義務を代行したといえるか否かを丁寧に事実認定する必要があります。
 一方で,Cに有利な事情としては,①本件株式の払込金額である2000万円は全てCの貯金によって賄っていること,②株式の必要な書面等におけるAの記名押印もAが甲社に預けていた印章を用いて総務部が行っていること,③剰余金の配当はC名義の銀行口座に振り込まれており,Cの所得としてCのみが確定申告をしていること,④招集通知がAに送付されず,議決権行使も会社提案に賛成するものとして処理されていることが挙げられます。
 他方で,Aに有利な事情としては,①Aは平成27年6月以降代表取締役として職務を行っていたこと,②CとしてもAに名義だけでなく,実質的な株主として株式を保有させようとしていたことが挙げられます。
これらの諸事情を比較衡量することになるでしょう。結論としては,事実認定さえしっかりとしていればどちらでもよいと考えられます。
 
〔設問3〕(配点40点)
第1 本件決議の効力を争うためにAの立場において考えられる主張
 Aとしては,本件決議に対し,株主総会決議取消しの訴え(831条1項)を提起することになります。その際に,Aは,①弁護士Gに本件株主総会への出席を認めなかったことが310条1項に違反し,「決議の方法」の「法令」違反があること,②丙社の議決権行使について,Fによる投票は丙社の代理権のない無効なものであるのに,有効であると判断しており,310条1項又は315条1項に違反し,「決議の方法」の法令違反があることを主張することが考えられます。そして,それらの主張の当否についても検討することになります。
 なお,議長CがFの本件修正議案の提出を受けて,本件選任議案と本件修正議案を同時に審議し,本件修正議案を可決成立させたことは,304条,309条1項に違反し,「決議の方法」の「法令」違反があると主張することもできるでしょう。なぜなら,本件株主総会の議題は「取締役1名選任の件」であり,会社提案の議案は「Aを取締役に選任すること」(本件選任議案)であったところ,Fは,本件株主総会において「Cを取締役に選任する旨の議案」(本件修正議案)を提出していますが(304条),Fには,本件株主総会において丙社の代理人として出席する権限がないので,修正動議を提出する権限もないと考えることもできるからです。
 また,A及びCは特別利害関係株主にあたり,同人らの議決権行使は831条1項3号の取消事由に該当するようにも考えられます。もっとも,AもCも同数の10万個であり,しかも各々自身を選任すべきとする議決権行使をしていることからすると,この点をもって「著しく不当な決議がされた」とはいえないので,同号の取消事由には該当しないと考えてよいでしょう。
 
第2 ①弁護士Gに本件株主総会への出席を認めなかったこと
1 甲社の定款には「株主は,当会社の議決権を行使することができる他の株主1名を代理人として,その議決権を行使することができる。」旨の定めがあるところ,Dの代理人である弁護士Gは甲社の株主ではないため,この定めにより議決権の代理行使(及びその前提となる株主総会への出席)ができないのではないかという問題が生じます。
 最判昭和43年11月1日(会社法判例百選(第3版)32事件)は,上記定款規定は,「株主総会が,株主以外の第三者によって攪乱されることを防止し,会社の利益を保護する趣旨にでたものと認められ,合理的な理由による相当程度の制限ということができる」から,310条1項に反することなく,有効であると解するのが相当であると判示しています。本問でも,株主ではない弁護士による議決権の代理行使の当否を検討する前提として,この判例を引用したほうがよいでしょう。
 また,議決権の代理行使に関しては,最判昭和51年12月24日(会社法判例百選(第3版)37事件にも掲載されている判例ですが,この論点は扱われていません。)が参考になります。この判例は,代理人が株主でない場合でも,株主総会に出席させ,議決権を行使させても総会を撹乱させるおそれはなく,またその行使を認めないと事実上議決権行使の機会を奪うに等しい場合には,同代理人に議決権を行使させても定款違反は生じないと判示しています。本問でも,DからGに対して委任状による委任があること,Gは総会屋等ではなく弁護士であり,一定の社会的信頼があること,Dは一方にのみ肩入れすることを避ける必要があり,本件株主総会への参加が事実上不可能であったこと等を考えると,Gの出席を認めるべきであったということになるでしょう。
 株主ではない弁護士による議決権の代理行使を認めなかったことが株主総会の決議取消事由になるかについては,立場の異なる裁判例が複数ありますので,丁寧に検討することが望まれます。肯定説を採る裁判例としては,神戸地尼崎支判平成12・3・28があります。これは,弁護士等の専門家に株主総会を攪乱させるおそれがないことを根拠としています。最近の裁判例である札幌高判令和元・7・12金判1598号30頁(『令和2年度重要判例解説』(有斐閣)商法3事件)も,同旨です。これに対して,否定説を採る裁判例である宮崎地判平成14・4・25及び東京高判平成22・11・24は,株主総会を攪乱させるおそれを弁護士等の職種により個別具体的に判断するとすれば,株主総会の受付事務を混乱させ,円滑な総会運営を阻害し,恣意判断を招くおそれがあることを理由としています。一般的な見解として否定説の立場に立ったとしても,本問事案では,甲社は株主4名だけの会社であり,甲社の受付事務を混乱させるといった指摘は当たらないであろうことを考えますと,Gの出席を認めるべきであったといえるでしょう。
 
2 本件株主総会に上記決議の方法の法令違反があるとしても,裁量棄却とならないかが問題となります(831条2項)。
 上記事実を示し,違反が重大であることを前提としたうえで,D(=G)の議決権は20万株であり,同議決権の行使方法次第でCが取締役に選任されるという結論が変わり,決議に影響を及ぼすものであると考えると,本件で裁量棄却は認められないことになります。
 他方で,Dは,AやCの一方にのみ肩入れすることを避ける意向を有していたことを考えると,仮にGが出席していたとしても,Aに10万株,Cに10万株など同数の投票を行うか,それとも議決権行使を棄権していたといえるのであれば,本件で決議に影響を及ぼすものではなかったとの認定も可能であるといえます。
 いずれにせよ,問題文の具体的事実に沿って,悩みをみせつつ事実認定を行いたいところです。
 
第3 ②丙社の議決権行使について,Fによる投票を有効であると判断したこと
1 丙社の内規上,議決権行使権限を有する丙社代表取締役専務Eが議決権行使に関し,甲社代表取締役Aに委任する旨の包括委任状を送っているにもかかわらず,議長Cが丙社の内規上は議決権行使権限を有しない丙社代表取締役副社長Fに本件株主総会への出席を認めた上で,Fによる投票を丙社の議決権行使として有効であることを認めている点に310条1項違反又は315条1項があるかどうかが問題となります。
 Fに丙社の議決権行使の代理権はないこと及びFが丙社から代理権の授与を受けずに本件株主総会に出席し,Fによる投票を行ったことからすると,Fによる行為は無権代理といえ,無効となるといえますので,310条1項又は315条1項違反があるといってよいでしょう。
2 この問題の素材となった裁判例といえる東京高判令和元年10月17日金判1582号30頁(アドバネクス事件,『令和元年度重要判例解説』(有斐閣)商法4事件)の判示事項のうち,本問事案に関連する部分は,以下のとおりです。
「1 議決権の行使は,議案に対する株主の意見の表明であるから,意思表示に準じて考えるべきであって,議決権行使の有効性の判断について意思表示や代理等の民法の原則の適用を排除する理由はない。
 2 総会会場に入場した法人株主(⇒丙社)の使用人(⇒代表取締役F)が,当該法人株主(⇒丙社)から議決権行使の権限を授与されておらず,議案に対する投票の際,会社(⇒甲社)の担当者に対してその旨を説明しており,会社(⇒甲社)においても当該法人株主(⇒丙社)が議決権行使書(⇒包括委任状用紙)と異なる内容で議決権を行使する意思を有していないことは明らかであったといえる状況においては,事前の書面(⇒包括委任状用紙)による議決権の行使が撤回されたものと認めることはできない。」
 この裁判例の考え方を前提にしますと,事前に送付されていた包括委任状用紙に示された丙社の意思に従って,本件株主総会における議決権行使その他一切の事項について甲社代表取締役Aに委任するのが,丙社の意思と認められるでしょう。Fは,丙社から本件株主総会の議決権行使の権限を授与されていないことから,無権代理人と認められますので,本件株主総会に丙社の代理人として出席することはできませんし,Fの提出した本件修正議案の提案は,無効と認められるでしょう。丙社による甲社代表取締役Aへの包括委任を前提としますと,丙社は,本件選任議案(Aの取締役選任議案)について賛成する旨の議決権を行使することとなりますので,Aによる投票を有効とすべきであり,Fによる投票は無効とすべきことになるでしょう。
 
3 本件株主総会に上記決議の方法の法令違反があるとしても,裁量棄却とならないかが問題となります(831条2項)。
 本件では,CがFに相談し,Cを取締役に選任する旨の修正動議を提出してこれに賛成することを示しあわせていること,Fが,Eがいつものように包括委任状を提出していることを知りながら,本件株主総会に出席することをCに約束し,実際にもCに投票していることを考えると,違反が重大であるといえるでしょう。そして,丙社の内規上,有効に議決権の代理行使が可能なEの包括委任状によると,丙社の10万株に関し,取締役として選任すべき者はAとなっているので,Aが取締役として選任されることになります。この点を考えると,決議に影響を及ぼすともいえるでしょう。これらの事情を踏まえれば,本件で裁量棄却はされないことになるでしょう。
 
3 的中情報★★★
・2021スタンダード論文答練(第2クール)民事系1第2問(辰已専任講師・弁護士 福田俊彦先生御担当)
 「利益相反取引,議決権の代理行使」ズバリ的中★★★
 出題予想の難しい商法ですが,ここ数年,会社法の機関以外のテーマを中心に問われていたことから,今年は機関のテーマが問われる可能性が高いと判断し,その著名な論点について判例理論をベースに問いました。受講生の方には非常に有利であったものと思われます。

民事系科目 第3問(民事訴訟法)  公開:2021年6月4日

 
【本試験の分析(辰已法律研究所作成)】
 
1 はじめに
 今年の民事系科目第3問(民事訴訟法)は,処分権主義(設問1),訴訟承継(設問2),時機に後れた攻撃防御方法(設問3)など,民事訴訟法の著名な論点を問うております。
 まず,問題文は5頁(実質4頁)です。また,設問1から3の配点の割合は,40:20:40と問題文冒頭に記載されております。添付資料等は掲載されておりません。
 また,全体の難易度は,例年よりも典型的な問題が出題されていることから,例年よりはやや易しいと思われます。
 なお,設問1,設問2及び設問3の課題2については,越山和広『ロジカル演習 民事訴訟法』(弘文堂,2019)P.118~125「16 申立事項と処分権主義」,P.209~218「28 訴訟承継」が非常に有益であり,設問3の課題1については,三木浩一ほか『民事訴訟法』(リーガルクエスト)(有斐閣,第3版,2018)P.190~192が有益といえます。
 
2 本問の分析
〔設問1〕(配点40点)
1 本問は,AB間で本件土地について賃貸借契約が締結されたのち,AはXに対して本件土地を譲渡し,一方でBの死亡にともないYに賃借人の地位が移転した状態でXがYに対して立退料1000万円を支払うのと引き換えに期間満了を理由とする賃貸借契約終了に基づく本件土地明渡請求訴訟を提起している。そして,原告Xは1000万円を支払う用意があるが,この額についてXは早期解決のため若干多めに設定したもので,早期解決がなくなった以上,より少額が適切であると考えているが,土地の引渡しが最重要であることから裁判所がより多額の立退料の支払が必要と考えるならば,検討する用意があると述べ,この要旨は口頭弁論調書にも記載されたところ,裁判官Jが司法修習生Pに対して二つの課題を出したという問題です。
 
2 課題1
⑴ 課題1は,申出額と格段の相違のない範囲を超えて増額した立退料を裁判所が必要と考えた場合において,「引換給付判決をすることができないとすると,その場合にすべきことになる判決はどのようなものになるかを示し,その判決を,Xの申出額と格段の相違のない範囲を超えて増額した立退料の支払との引換給付判決と対比した上で,後者のような引換給付判決をすることの許否を検討」することが求められています。したがって,引換給付判決をすることができない判決主文を簡単に示した上で,処分権主義の観点から上記のような引換給付判決として一部認容判決をすることができるかどうか検討することが求められています。
⑵ 引換給付判決をすることができないとすると,その場合にすべきことになる判決は,Xの請求棄却判決といえます。そして,問題文でも登場している昭和46年判決が申出額と格段相違ない範囲内であれば処分権主義に反しないとの判断していることを前提に,Xの申出額と格段相違のない範囲を超えて増額した立退料の支払との引換給付判決は処分権主義に反するかどうかを検討することになります。具体的には,本問の特殊性としてあげられる原告Xの発言を踏まえつつ,処分権主義の趣旨である原告の合理的意思との合致及び被告への不意打ち防止の観点から許否を検討することとなります。
 
3 課題2
⑴ 課題2は「第1回口頭弁論期日におけるXの陳述の内容に留意しつつ,Xの申出額よりも少額の立退料の支払との引換給付判決をすることは許容されるか」というものです。
 課題1と同じように,処分権主義の観点から検討することとなります。多数説は,原告は一定の額の給付を条件として明渡請求をしている以上,原告の申出額より減額することは原告が求める以上の利益を原告に与えることになること,被告にとっても予想を下回る立退料しか得られないことから,処分権主義違反であると解しています。
 もっとも,X発言を踏まえれば,本当に原告が求める以上の利益を与えていることになっているか,また,本当に被告にとって予想を下回る立退料しか得られないこととなっているか具体的に検討するべき問題ですから,多数説の立場でそのまま解答することは適切ではないといえるでしょう。
 
〔設問2〕(配点20点)
 本問は,設問1までの事例に続き第一審係属中,Y自身が本人訴訟を追行中,Yが体調不良から本件建物をZに対して賃貸し,引き渡した。これに対してXはZに対して建物退去土地明渡請求を定立しつつ,本件訴訟をZは引き受けるべきであるとして訴訟引受けの申立てをした事例において,裁判官Jが司法修習生Pに課題を出したという問題です。
 本課題は,民事訴訟法50条における承継が訴訟物である義務を承継という理解は不適切であるとの前提に立った上で「訴訟承継制度の趣旨を踏まえて,同条の承継の意味内容を具体的に明らかにし,Zが同条にいう承継をしたといえるか否かを検討」するという問題です。
 本問は,最判昭和41年3月22日民集20巻3号484頁(百選109事件)が参考になります。訴訟承継制度の趣旨が今まで形成されてきた訴訟状態を承継人にも引き継がせることにより当事者の公平および紛争の解決に資することであると解されている旨を指摘する必要があると考えます。その上で,上記趣旨から承継の意義はいわゆる紛争の主体たる地位が承継することであると解釈し,争点や証拠の共通性などといった紛争の主体たる地位の移転の判断基準を示す必要があります。
 そして,Zに対して紛争の主体たる地位が移転したかどうかを,XY間訴訟の訴訟物や争点,証拠関係がXZ間訴訟に共通するかなど本件の具体的事情に照らし,ZがYの紛争の主体たる地位を承継したかどうか検討する必要があります。
 
〔設問3〕(配点40点)
1 本問は,設問2までの事例に続き,弁論準備手続により争点及び証拠の整理が終わりCの証人尋問,XYの当事者尋問が実施され,口頭弁論の終結が予定されている口頭弁論(以下「最終期日」という。)の期日指定がなされ,その指定の直後,YからZへ本件建物が引き渡され,XのZに対する訴訟引受けの申立てがなされたことを受けて,Zは弁護士Lに訴訟委任した。弁護士Lが調査したところ,BがAに対して1500万円を振り込んでいた事実が明らかになり,本件訴訟の前にYがこの振り込んだ事実を把握していたものの,本件訴訟においてそれほど重要なものだと思わなかった旨のYの回答を得つつ,1500万円の振り込みは賃料の前払および更新料の前払の性質を有するものである可能性があると思うに至った状況において,弁護士Lから司法修習生Qに対して二つの課題が出されたという問題です。
2 課題1
⑴ 課題1は,BからAに対して更新料の前払いの性質も含む権利金が支払われていた旨の主張(以下「新主張」という。)をYがした場合,Xが却下の申立てが認められるための理由を説明し,加えて以後予想されるXとY双方の主張立証活動と却下決定を得るのを容易にするためにXがYに対してすることができる訴訟法上の行為に言及することが求められています。課題1は全体的に求められている事項が多く,設問終盤であることから,そこまで厚く論じる必要性はないと考えられます。
 具体的には,XはYの新主張の提出は民事訴訟法157条1項に挙げられている時機に後れた攻撃防御方法の提出であること,この提出がYの故意または重過失であること,この提出により本件訴訟の完結が遅延することになることを本問事情に照らし具体的を指摘することとなり,Yとしては新主張が故意または重過失でない旨の本問事情に照らし主張立証をすることとなることが予想されます。これらを解答する際に,157条の趣旨たる適時提出主義に基づく迅速な審理や理由なく訴訟を引き延ばし,主張立証責任のある当事者の不誠実がある場合は当該当事者に不利益が生じてもやむを得ないことを踏まえつつ,検討することとなるでしょう。
⑵ さらに,XがYに対してすることができる訴訟上の行為は,本件では弁論準備手続がなされていることから,民事訴訟法174条が準用する167条により,XがYに対して弁論準備手続の前に提出できなかった理由の説明を求める申立てをすることを指摘することになるでしょう。もっとも,本問課題の書き振りから,XYが行う主張立証の結果の判断およびXが採るであろう訴訟上の行為の肯否について結論を出す必要までは求められていないと考えられます。
3 課題2
 課題2は,Xの立場からYが新主張をしても時機に後れた攻撃防御方法として却下される以上,Zも却下されるべきである立論をした上で,Zの立場からこれに対する反論することが求められています。
⑴ Xの立場からの立論
 Zは訴訟承継をした者であり,訴訟承継制度の趣旨に照らせば,従前の訴訟状態を引き継ぐことになり(訴訟状態引受義務),Yによる新主張が時機に後れた攻撃防御方法として却下される以上,その状態を引き継ぐこととなるから,却下されるべき立論がなされると考えられます。
⑵ Zの立場からの反論
 課題1でYの新主張について却下されると考えた場合,訴訟承継制度は承継前の訴訟状態をそのまま引き継がせることにより当事者の公平および紛争の解決を図る趣旨であるので,原則として,承継人が従前の訴訟状態を引き継ぐ義務(訴訟状態引受義務)があるものの,本問事情のように被承継人が漫然と新主張しなかったことは一方的に承継人に不利益であり,訴訟承継制度の趣旨に合致しないため,本件においては,訴訟状態引受義務は発生せず,Zは新主張をすることができると反論することが考えられます。
 また,課題1でYの新主張について却下されないと考えた場合,Yが新主張をするタイミングは最終期日直前であり,Zが訴訟承継した時機でほぼ一致する以上,訴訟承継制度に照らして,Yが主張しえた抗弁は当然に主張できると反論することとなることが考えられます。
⑶ 設問2の訴訟承継制度の理解が設問3おいても関わってくることから,設問2と設問3との整合性も問われる問題といえるでしょう。もっとも,反論について様々なことが想定できるため,上記の反論は一例にすぎず,さまざまな反論が想定されます。
 
3 的中情報★★★
・2021辰已・司法試験全国公開模試民事系第3問
 「引換給付判決と処分権主義」ズバリ的中★★★
 立退料の提供の申出がない場合に引換給付判決をすることが処分権主義に反するかなど,引換給付判決と処分権主義について正面から問うており,受講生の方には非常に有利であったものと思われます。
・2021スタンダード論文答練(第2クール)民事系1第3問(辰巳専任講師・弁護士福田俊彦先生御担当)
 「訴訟承継」ズバリ的中★★★
 訴訟承継は,出題の周期性などから出題可能性が高いと判断して出題致しました。これまで司法試験に出題されたことがなかったテーマでしたので,事前に学習することができた受講性の方には非常に有利であったものと思われます。

刑事系科目 第1問(刑法)  公開:2021年6月4日

 
【本試験の分析(辰已法律研究所作成)】
 
1 はじめに
 今年の刑事系科目第1問(刑法)は,設問1で①窃盗罪と横領罪の区別(占有の帰属),②共犯と身分,③共犯の錯誤,④共同正犯と幇助犯の区別,⑤盗品保管罪における盗品性の認識の時期などを問い,また,設問2で⑥共犯関係の解消,⑦同時傷害の特例,⑧共謀の射程などを問い,その成否を検討すべき犯罪は多岐に亘ります。全体の難易度は平年並みかと思われます。
 まず,問題文は4頁(実質3頁)で,設問1及び2で構成され,各設問の配点割合の記載はなく,添付資料等は掲載されていません。
 また,刑事系第1問の出題形式は,平成30年から設問形式に変わりましたが,今年も設問形式を一応踏襲しているものの,理論面重視の傾向は若干薄まった感があります。
 さらに,本問では,共犯論が司法試験論文式試験で久しぶりに本格的に問われた感があります。現考査委員とりわけ十河太朗教授が共犯論に強い関心をもっているからかもしれません。今後も共犯論に注意した方がよいかと思います。
 なお,本問は,井田良・佐伯仁志・橋爪隆・安田拓人『刑法事例演習教材』(有斐閣,第3版,2020)P.125~130「25 報復と仲間割れ」,P.180~185「36 一石三鳥」,P.259~263「50 夜の店Yの悲劇」の事例に類似します。
 
2 本問の分析
〔設問1〕
1 丙の罪責
 B店の副店長をしている丙は,甲からB店への強盗計画への協力を求められた際,甲に対し,B店の内部事情を説明した上,強奪されたように装うことを持ち掛け,実行していますが,何罪の罪責を負うでしょうか。窃盗罪と横領罪の区別が問題となります。
 雇用関係等に基づき上下関係がある場合,下位者が財物を握持していても,上位者が占有者であり,下位者は占有補助者にすぎません。丙は,B店の副店長としてアルバイトの採用や従業員の勤怠状況の管理を行い,B店の帳簿作成や売上金管理等の業務を担当していたこと,また,商品の保管されているショーケースは常時施錠され,その鍵は店長Cと丙のみが所持していたことなど,B店と丙の間に高度の信頼関係が存在し,丙にある程度の処分権が委ねられているとして,丙に占有が認められると考えると,丙が商品を領得すれば横領罪に当たります。これに対し,商品の仕入れ,店外への持ち出し及び価格設定について,丙に権限はなく,全て店長Cの承認を得る必要があるとされていたこと,B店の売場及び従業員控室には複数の防犯カメラが設置され,常時くまなく撮影録画されていたことから,丙に処分権が委ねられているとはいえず,商品の占有はB店の店長Cにあると考えると,丙が商品を領得する行為は窃盗罪に当たります。
 
2 甲の罪責
 丙の罪責において,窃盗罪に当たるとした場合,共同して実行した甲には窃盗罪の共同正犯(刑法60条,235条)が成立することになります。これに対し,横領罪に当たるとした場合,丙は業務として他人の物を占有する者であることから業務上横領罪(刑法253条)が成立するため,業務者という身分と占有者という身分のどちらも有していない甲にはどのような罪が成立するのかが問題となります。この点について,判例は,刑法65条1項により非身分者にも業務上横領罪の共犯が成立し,同条2項により単純横領罪の刑が科せられるとしています(最判昭32.11.19・刑集11-12-3073,刑百選Ⅰ(8版)94事件)。
 
3 乙の罪責
 乙は,自動車を運転してB店まで甲の送り迎えをし,甲が戻ってくるまでの間,運転席から見張り行為をしていますが,乙にいかなる犯罪が成立するでしょうか。
 本問のような共同正犯における抽象的事実の錯誤の場合,共同正犯の本質論が問題となりますが,他方で錯誤論も問題となります。そこで,以下では,考えられるいくつかの筋道を検討します。
 まず,乙には強盗の故意がありますが,甲には(強盗に見せかけていますが)窃盗あるいは横領の故意しかなく,謀議の時点で両者の認識に不一致があると考えた場合,部分的犯罪共同説からは,窃盗罪あるいは横領罪の共謀が成立し,それに基づいて実行行為が行われている以上,乙には窃盗罪あるいは横領罪の共同正犯又は幇助犯の構成要件該当性が認められるため,さらに錯誤の問題を論じる必要はないとされます。もっとも,錯誤論の検討が必要であるとの見解もあり得ます。
 次に,乙は,甲と強盗を共謀し,甲が強盗をするものと思っていたところ,甲が窃盗あるいは横領を実行したと考えた場合,共犯の錯誤が問題となります。この点について,通説・判例は,単独犯と同様の錯誤論によって解決しており,いわゆる法定的符合説(抽象的法定符合説)の見地から,行為者が認識・予見した事実が該当する構成要件と実際に生じた事実が該当する構成要件が重なり合う場合に,重なり合う限度で故意犯の成立を認めています。甲の罪責で窃盗罪を検討した場合,強盗と窃盗とでは,保護法益である財物の本権又は占有,及び被害者の財物に対する占有侵害という構成要件的行為における共通性から,両罪の構成要件には窃盗罪の限度で実質的に重なり合いが認められ,乙には窃盗罪の共同正犯又は幇助犯が成立することになります。これに対し,甲の罪責で横領罪を検討した場合,強盗と横領とでは,保護法益の点では,強盗罪の保護法益は財物の本権又は占有であり,横領の保護法益は所有権であるから,両罪は所有権の限度で共通性があり,また,行為態様の点では,占有侵害に着目すると類似性はありませんが,他人の財物を不法に領得する行為である点では共通性があるとすると,横領罪の限度で実質的に重なり合いが認められ,乙には横領罪の共同正犯又は幇助犯が成立することになります。
 では,乙には共同正犯と幇助犯のいずれが成立するでしょうか。共同正犯の成立が認められるためには,客観的にも共謀者が犯罪を実現する上で実行担当者と同程度の重要な役割を果たし,結果に対して重大な寄与をしたといえることが必要です。重大な寄与をしたかは,共謀者の地位や人的関係(上下関係か対等関係か),謀議への関与の程度,犯行全体における寄与度といった事情から判断します。本問では,乙が甲の後輩であること,甲からB店の副店長である丙との内通の事実を知らされていないこと,自動車で甲を現場まで送り迎えしていること,昼間の見張り行為であること,乙の取り分は腕時計100点(時価合計3000万円相当)のうち20点(時価合計400万円相当)であることを検討・評価していくことになります。
 
4 丁の罪責
 丁は,丙から預かった本件バッグを保管している途中で,中身がB店から無断で持ち出した商品であろうと認識したものの,本件バッグを丙に返すまでの間,丙のために預り続けていますが,盗品等保管罪(刑法256条2項)が成立するでしょうか。盗品等保管罪は故意犯ですから,客体が盗品等であることの認識が必要です(盗品性の認識)。ただし,何らかの財産犯に当たる行為により領得された物であることの認識があれば足り,本犯たる財産犯がいかなる犯罪かを知る必要はありません。したがって,丁は,丙がいかなる財産犯であるかを具体的に知ってはいませんが,盗品等保管罪が成立し得ます。次に,丁は,保管の途中で盗品性の認識を有していますが,盗品等の保管においてはどの時点で盗品性の認識が必要であるかが争われています。判例は,保管の途中で初めて盗品等であると知った場合でも,盗品等保管罪が成立するとしています(最決昭50.6.12・刑集29-6-365,刑百選Ⅱ(8版)76事件)。これに対し,学説では,本罪が継続犯であるとしても,盗品等の占有の取得も構成要件要素であると解されることなどからすれば,保管の場合にも盗品等の占有を取得する時点で盗品性の認識が必要であると解すべきであるとする見解が有力に主張されており,この見解によると,丁には盗品等保管罪は成立しません。
 
〔設問2〕
1 ⑴甲は乙の頭部裂傷の傷害結果に関する刑事責任を負わないとの立場からの説明
 【事例2】では,甲と丙が乙に対する傷害を共謀し実行したところ,乙は傷害を負い,そのうち頭部裂傷の傷害は,甲又は丙の木刀による殴打行為のいずれか一方だけによって形成されたことは明らかですが,いずれの殴打行為から形成されたものか不明です。この場合,甲が乙の頭部裂傷の傷害結果に関する刑事責任を負わないとの立場からは,①共犯関係の解消が認められる,また,②刑法207条の同時傷害の特例の適用が認められない,③共謀の射程が及んでいない,との説明が考えられます。なお,③共謀の射程については,判例・通説を前提にすると,本問において共謀の射程を否定することには無理がありますが,否定する考え方も理論的にはあり得るため,以下では検討しています。
① 共犯関係の解消について
 共同正犯においては,一部実行全部責任の原則から,原則として共同行為者全員が生じた結果について共同正犯としての責任を負います(刑法60条)。もっとも,共犯関係が解消したといえるときには,離脱者は重い結果について責任を問われません。共犯関係の解消が認められる根拠は,一般に,離脱により離脱者のそれまでの行為と離脱後に生じた結果との間の物理的因果性と心理的因果性の両者が遮断される点に求められています(因果性遮断説。最決平21.6.30・刑集63-5-475,刑百選Ⅰ(8版)97事件)。共犯関係の解消の要件については,実行の着手後においては,離脱の意思の表明と残余者による了承だけでは足りず,積極的な結果防止措置が必要であると解されているところ,本問の場合,甲は丙の暴行を終了させようとして丙に殴られ気絶し,丙は甲が気絶したことを認識しつつ,甲から取り上げた木刀で乙の頭部を殴っており,丙にとって甲の存在は木刀での殴打行為を心理的に促進するものではないことから,共犯関係の解消が認められ,甲は気絶後の丙の行為につき責任を負わないと考えることができるでしょう。そして,乙の頭部裂傷の傷害は,甲又は丙のいずれの殴打行為から形成されたものか不明であるから,甲はその点につき刑事責任を負わないと説明することが考えられます。
② 刑法207条の同時傷害の特例の適用について
 共犯関係の解消が認められたとしても,後述するように,刑法207条の同時傷害の特例によって,甲と丙のいずれの殴打行為から形成されたものか不明の頭部裂傷の傷害について,甲は責任を負うとの反論が考えられます。
 この点について,大阪高判昭62.7.10・判タ652-254は,「刑法207条の規定は,二人以上で暴行を加え人を傷害した場合において,傷害を生じさせた行為者を特定できなかつたり,行為者を特定できても傷害の軽重を知ることができないときには,その傷害が右いずれかの暴行(又は双方)によつて生じたことが明らかであるのに,共謀の立証ができない限り,行為者のいずれに対しても傷害の刑責を負わせることができなくなるという著しい不合理を生ずることに着目し,かかる不合理を解消するために特に設けられた例外規定である」とし,傷害の結果を生じさせた行為者を特定できなくても,少なくとも共犯者の一人に対して傷害罪の刑責を問うことができる場合においては,刑法207条の同時傷害の特例の適用によって解消しなければならないような著しい不合理は生じないとして,この場合には,右特例の適用はないと判示しています。この裁判例の立場によると,本問では,少なくとも丙に対して傷害罪の刑責を問うことができることから,右特例の適用はなく,甲は乙の頭部裂傷の傷害について刑事責任を負わないと説明することが考えられます。
③ 共謀の射程について
 共謀の射程とは,実行行為が当初の共謀に基づいて行われたか,それとも当初の共謀とは無関係に新たな共謀や犯意に基づいて実行行為が行われたのかという問題です。共謀の射程を共謀の心理的因果性(共謀の危険実現)と捉え,動機の同一性・連続性を重視する見解(橋爪隆『刑法総論の悩みどころ』(有斐閣,2020)P.313~5)によると,当初の共謀と実質的に同一内容の犯罪が実現された場合には共謀の射程が認められるが,共謀の内容と実現された犯罪の内容が大きくかけ離れている場合には,共謀の射程が否定される場合が多くなります。本問では,甲丙間の当初の共謀は,乙を懲らしめるために,丙が押さえている乙を甲が木刀で殴るというものであったのに対し,甲が気絶した後の丙の行為は,乙に暴行を加えて警察に真相を話さないと約束させるため,甲から取り上げた木刀で殴打したものであり,動機の同一性・連続性が認められないといえます。そうすると,甲が気絶した後の丙の行為については,当初の共謀の射程が及ばず,甲は責任を負わないと考えることができるでしょう。そして,乙の頭部裂傷の傷害は,甲又は丙のいずれの殴打行為から形成されたものか不明であるから,甲はその点につき刑事責任を負わないと説明することが考えられます。
 
2 ⑵甲は乙の頭部裂傷の傷害結果に関する刑事責任を負うとの立場からの反論
① 共犯関係の解消について
 本問では,甲は,乙を木刀で殴ることについて,嫌がる丙に提案していることから,当初の共謀で主導的役割を果たしており,丙をいさめて暴行を終了させようとしていたとしても,心理的因果性を遮断したとはいえず,また,甲は気絶したため,自宅物置内から持ち出した木刀を丙に取り上げられており,物理的因果性も遮断したとはいえないとして,共犯関係の解消は認められず,気絶後の丙の行為について責任を負うと反論することが考えられます。
② 刑法207条の同時傷害の特例の適用について
 仮に,共犯関係の解消が認められたとしても,刑法207条の同時傷害の特例によって,甲と丙のいずれの殴打行為から形成されたものか不明の頭部裂傷の傷害についても,甲は責任を負うと反論することが考えられます(名古屋高判平14.8.29・判時1831-158参照)。
 この点について,最決令2.9.30(刑集74-6-669,令和2年度重判刑法4事件)は,「同時傷害の特例を定めた刑法207条は,2人以上が暴行を加えた事案においては,生じた傷害の原因となった暴行を特定することが困難な場合が多いことなどに鑑み,共犯関係が立証されない場合であっても,例外的に共犯の例によることとしている。同条の適用の前提として,検察官が,各暴行が当該傷害を生じさせ得る危険性を有するものであること及び各暴行が外形的には共同実行に等しいと評価できるような状況において行われたこと,すなわち,同一の機会に行われたものであることを証明した場合,各行為者は,自己の関与した暴行がその傷害を生じさせていないことを立証しない限り,傷害についての責任を免れない」とする最決平28.3.24・刑集70-3-1を参照した上で,途中から行為者間に共謀が成立した場合と刑法207条適用の可否について,同条の適用条件が満たされているのに,途中から行為者間に共謀が成立していた事実が認められるからといって同条が適用できないとする理由はなく,また,同条を適用しないとすれば,共謀が成立したためにかえって帰責できる範囲が縮減され妥当でないという理由で,同条の適用を肯定しています。この判例の立場によると,本問では,甲の暴行も丙の暴行も乙の頭部を木刀で1回殴ったというものであり,いずれも頭部裂傷の傷害を生じさせ得る危険性を有するといえます。また,丙が木刀で殴打したのは甲が殴打してから5分しか経っておらず,時間的にも場所的にも近接しており,両暴行は同一の機会にされたといえます。このような事情からすれば,甲は,自己の加えた暴行がその傷害を生じさせていないことを立証しない限り,甲の加えた暴行と丙の加えた暴行のいずれにより傷害が生じたのかを知ることができないという意味で,「その傷害を生じさせた者を知ることができないとき」に当たり,刑法207条の適用により乙の頭部裂傷の傷害についての責任を免れません。
③ 共謀の射程について
 共謀の射程について,具体的に,①当初の共謀と実行行為の内容との共通性(被害者の同一性,行為態様の類似性,侵害法益の同質性など),②当初の共謀による行為と過剰結果を惹起した行為との関連性(機会の同一性,時間的・場所的近接性など),③犯意の単一性,継続性,④動機・目的の共通性といった事情から,総合的に判断する見解(大塚裕史ほか『基本刑法Ⅰ―総論』(日本評論社,第3版,2019)P.383〔十河太朗執筆〕)によると,本問では,確かに,当初の共謀では,乙を懲らしめようとしていたのに対し,丙は,警察に真相を話さないと約束をさせようと考えて乙を木刀で殴打しており,動機・目的に多少の相違が認められます(④)。しかし,乙を木刀で殴るという点では当初の共謀と共通し(①),丙が木刀で殴打したのは甲が殴打してから5分しか経っておらず,時間的にも場所的にも近接しており(②),乙を殴るという犯意の継続性も認められます(③)。総合的に判断すると,甲が気絶した後の丙の行為については,当初の共謀の射程が及ぶといえ,甲は責任を負うと反論することが考えられます。
 
3 的中情報★★★
・2021スタンダード論文答練(第1クール)刑法第2問(辰巳専任講師・弁護士 原孝至先生御担当)
 「同時傷害の特例,共犯関係の解消」ズバリ的中★★★
 今回の本試験問題とも関連すると思われる最決平28.3.24・刑集70-3-1を素材として,同時傷害の特例や共犯関係の解消などを問うています。比較的書き難いテーマですので,受講生の方は非常に有利であったと思われます。
 
・スタンダード論文答練(第2クール)刑事系3第1問(辰已専任講師・弁護士 金沢幸彦先生御担当)
 「共謀の射程,共犯と錯誤,共犯と身分」ズバリ的中★★★
 本問では,共謀の射程など共犯論を広く問うており,受講生には有利であったと思われます。2021スタンダード論文答練では,出題の周期性や考査委員の構成などを考慮して,令和3年の本試験で共犯論が出題される可能性が高いと判断して,共犯論を多めに出題致しました。

刑事系科目 第2問(刑事訴訟法)  公開:2021年6月4日

 
【本試験の分析(辰已法律研究所作成)】
 
1 はじめに
 今年の刑事系科目第2問(刑事訴訟法)は,事例を読んで〔設問1〕及び〔設問2〕に解答させる問題で,捜索差押えにおける被疑事実との関連性(設問1下線部①),包括的差押え(設問1下線部②),伝聞法則(設問2)などが問われました。
 まず,問題文は,5頁(実質的には4頁)であり,5頁目に【資料1】と【資料2】のメモが掲載されています。
 また,難易度としては,従来の設問形式であること,比較的主要なテーマを問うていることから,例年並みかと思われます。
 なお,平成30年から令和2年の司法試験論文式試験刑事系科目第2問では,特定の考査委員の関心分野から出題される傾向が続きましたが(令和2年は若干その傾向は薄まっているかと思います。),今年はそのような傾向はなく,むしろ,前考査委員の堀江慎司教授の関心分野から出題された感すらあります(同「『包括的差押え』について」法学論叢182巻1~3号P.181~201,同「伝聞証拠の意義」井上正仁・酒巻匡編『刑事訴訟法の争点』(有斐閣,2013)P.166~9)。これはあくまでも推測ですが,特定の現考査委員の関心分野から出題した場合,当該考査委員が問題作成を主導されたのではなどとの憶測を呼ぶ(呼んだ)可能性があることから,敢えて控えた可能性があります。辰已では,このような可能性をも想定し,2021スタンダード論文答練及び全国公開模試において伝聞法則に比重を置いた出題をし,また,同全国公開模試における辰已専任講師・弁護士福田俊彦先生監修の「令和3年主要考査委員紹介&出題予想【刑事訴訟法】」では参考として堀江教授の紹介を敢えて残し,辰已専任講師・弁護士西口竜司先生が講義された「令和3年司法試験論文本試験 刑事訴訟法出題大予想」では,包括的差押えと伝聞法則を掲載しております。
 
2 本問の分析
〔設問1〕
第1 下線部①の差押えの適法性
1 本件差押えの対象となった丙組の幹部丁の名刺1枚に関して,捜索差押許可状に「名刺」とある以上,令状記載物件に該当することに問題はありません。もっとも,捜索差押えにおいては,一般差押えを禁止する趣旨から被疑事実との関連性が求められます(刑事訴訟法(以下,略)219条1項)。そこで,本件住居侵入強盗との関連性を検討する必要があります。
2 本件においては,犯行の際に使用されたレンタカーを借りていた甲の自供により,甲が本件住居侵入強盗に関わっていたと考えられます。そのうえで,甲が丙組幹部に犯行で得た金の一部を貢いでいると供述していることから,本件住居侵入強盗の背後に暴力団丙組がいることが窺がえるといえ,本件住居侵入強盗との関連性が肯定できるでしょう。このように考えるのであれば,下線部①の差押えは適法といえます。
第2 下線部②の差押えの適法性
1 本件では,USBメモリ2本について中身を確認することなく全部を差し押さえていることから,いわゆる包括的差押えにあたり違法といえるのではないかが問題となります。
2 上記下線部①の差押えでも検討したように,被疑事実との関連性を有する場合に差押えが認められるところ,捜査機関は,その関連性を調べるために記録媒体の中の情報の内容を確認する必要があります。しかし,記録媒体が大量に存在する場合や情報の損壊・消去の高度の危険がある場合など,捜索の現場において関連性を判別して差押対象物か否かを判断することが不可能,困難である場合があります。そのような場合に,内容の確認をすることなくその全体を差押えが可能かどうかが問題となります。この場合の規範を示した判例として,最決平10.5.1刑集52-4-275が挙げられます。同決定では「令状により差し押さえようとするパソコン,フロッピーディスク等の中に被疑事実に関する情報が記録されている蓋然性が認められる場合において,そのような情報が実際に記録されているかをその場で確認していたのでは記録された情報を損壊される危険があるときは,内容を確認することなしに右パソコン,フロッピーディスク等を差し押さえることが許されるものと解される。」と示しています。司法試験においては,包括的差押えの必要性,相当性があるかといったような規範を立てれば十分かと思います。
 上記規範を示したうえで,本件では,本件住居侵入強盗の被疑者であることが濃厚な甲がアジトにはUSBメモリがあり,パスワードが掛けられていて,一度でも間違えると初期化されてしまうということやパスワードは8桁の数字であると自供していたこと,実際に差押えのときに,アジトからUSBメモリが見つかっていること,乙が述べたパスワードは「2222」と数字4桁であり,甲の供述による8桁の数字とは異なることから,その場で乙の述べるパスワードを打ち込んだのでは,USBメモリ内の情報が初期化され損壊されてしまう危険があるため,包括的差押えの必要性はあるといえます。そして,翌日に確認作業を行い,被疑事実と関連性がないと判明した白色USBメモリについてはその日のうちに還付しており,手段としての相当性も認められるでしょう。これらの事情から下線部②の差押えは適法といえることになります。
 
〔設問2〕
第1 小問1について
1 本件メモ1の証拠能力に関して,法律的関連性,すなわち,伝聞証拠該当性(3201項)が問題となります。伝聞証拠となるのは,要証事実(≒立証趣旨)との関係で,その供述の内容の真実性が問題となる場合です。本件メモ1は,乙が作成したものであることから,乙の供述書に該当します。したがって,本件メモ1内の供述部分が要証事実との関係で,その内容の真実性が問題となるかどうかを検討する必要があります。
 まず,本件メモ1の立証趣旨は「甲乙間において本件住居侵入強盗に関する共謀が存在すること」であるところ,これが要証事実ともなります。
 なお,「犯罪の共謀の存在」という要証事実は,それ自体抽象的な表現に止まり,事件ごとに,「共犯者が相互に特定の犯罪について,事前に認識し合っていたこと」というのが具体的な要証事実となることに注意しなければなりません。
2 次に,本件メモ1の内容の真実性が問題となるか否かを検討する必要があります。
 まず,特定の犯罪については,本件自体ですが,甲は,乙の裁判で自己が犯行を実行したことを証言していますから,特定の犯罪を認識していた事実は明らかです。
 その上で,本件メモ1の内容と本件住居侵入強盗の犯行態様との間で偶然の一致とは考え難いような一致が認められることを具体的事実を指摘しつつ認定できます。そのため,本件住居侵入強盗は本件メモ1に記載された情報に沿って遂行されたことが推認されます。そのうえで,本件メモ1が乙作成のものであることは証拠上認定できるので,作成者乙が本件住居侵入強盗の内容について犯行以前に了知していたという事実が推認できます。これによって,甲,乙は,いずれも特定の犯罪を事前に認識していたという事実(すなわち共謀)が推認できることになります。したがって,本件メモ1はその記載内容の真実性の証明に用いられるのではなく,その存在自体が証拠となります。以上より,甲乙間の共謀の存在との関係で,本件メモ1の供述部分の真実性は問題とはならないことになります。
3 以上より,本件メモ1は非伝聞証拠であり,伝聞証拠には該当しないので,本件メモ1の証拠能力は認められることになります。
 
第2 小問2について
1 本件メモ2の証拠能力に関しても,本件メモ2は甲作成の文書ですから,甲の供述書ですので,甲乙間の共謀の存在という要証事実との関係で,本件メモ1と同様に伝聞証拠該当性が問題となります。本件メモ1の場合と同様に,本件メモ2の内容と本件住居侵入強盗の犯行態様との間で偶然の一致とは考え難いような一致が認められることから,本件住居侵入強盗は本件メモ2に記載された情報に沿って遂行されたことが推認されますが,その記載内容自体は,甲の犯行を推認するために使用される証拠ではありません。甲自身が乙の法廷で証言しているので,その証言自体が証拠として存在しているからです。しかし,それらの事情に関し,乙も了知していたという事実を推認するためには,本件メモ2内の「乙から指示されたこと」との記載の内容の真実性が問題となります。そのため,本件メモ2は,甲乙間の共謀の存在という要証事実との関係で伝聞証拠といえることになります。したがって,不同意により,本件メモ2はそのまま証拠とすることはできません。
2 そこで,本件メモ2は伝聞例外の要件を満たすか否かを検討する必要があります。本件メモ2は甲作成のものなので,321条1項3号該当性を検討する必要があります。まず,供述不能に関しては甲に対する証人尋問時において遮へい措置を講じているにもかかわらず,乙との共謀に関しては一切の証言を拒絶していることから,321条1項3号列挙事由に準じる状況があると認定することが可能でしょう。そして,本件メモ2以外に甲乙間の共謀を示す証拠がないという状況を考えると,本件メモ2は乙との関係では犯罪事実の存否の証明に欠くことができないものであるといえます。最後に絶対的特信状況に関しては,外部的付随事情をもとに判断し,外部的付随事情を推認する資料とする限度で供述内容を斟酌することができます。本件メモ2が甲方の机の施錠された引き出し内にあったこと,甲使用の手帳に挟んであったことから考えると,甲以外のものが閲覧することが予定されていなかったといえ,虚偽の内容を記載する可能性は著しく低いといえます。そして,本件住居侵入強盗の犯行日である令和2年8月4日のページの部分に挟んである状態で発見されたことも考えると,被疑事実との関連性もあるといえます。また,供述内容を斟酌すると,本件メモ2内の記載が,本件住居侵入強盗の犯行態様との間で偶然の一致とは考え難いような一致が認められるので,その内容が真実であると推認できることになります。
 以上,321条1項3号の要件を満たすので,本件メモ2の証拠能力は認められることになるでしょう。
 すなわち,本件メモ2については,「乙は,甲の実際に行った本件住居侵入強盗の事実につき,犯行直前に認識しており,その内容を甲に実行するように指示したという事実」(=共謀)を推認する証拠となるといえます。
 
3 的中情報★★★
・2021司法試験全国公開模試刑事系第2問
 「捜索差押許可状に記載された目的物の範囲」ズバリ的中★★★
 差押えの目的物と被疑事実との関連性について,比較的馴染みの薄い問題に対して対応する訓練をしてもらえるような出題をしており,受講性の方は非常に有利であったものと思われます。
 
・2021司法試験刑事訴訟法出題大予想
 「危ない重要判例速まくり 包括的差押え」ズバリ的中★★★
 いわゆる「包括的差押え」に関しては,その実務上・学術上の重要性に加え,前考査委員の堀江慎司教授が近時論文を執筆されており,また,最決平10.5.1(刑集52-4-275)は出題の周期性や話題性などに鑑みて出題可能性が高いテーマといえ紹介させていただきました。
 
・2021司法試験刑事訴訟法出題大予想
 「旧司法試験過去問からの出題予想 犯行計画メモの証拠能力」ズバリ的中★★★
 掲載させて頂いた平成22年度旧司法試験論文式試験刑事訴訟法第2問は,殺人,死体遺棄事件の被告人宅で押収された,いわゆる犯行計画メモを題材として,当該メモの証拠としての許容性を問うことにより,伝聞法則の趣旨,伝聞証拠と非伝聞証拠の区別,要証事実の捉え方などについて基本的知識の有無と具体的事案における応用力を試すものであり(出題趣旨参照),また,元東京高検検事・元司法研修所教官・弁護士新庄健二先生の監修された解答例は,非常に参考になったと思われます。
 
・2021司法試験全国公開模試刑事系第2問
 「伝聞法則」ズバリ的中★★★
 出題の周期性や伝聞法則に関心を持たれている堀江慎司教授が昨年で考査委員(出題委員)を退任されたことから,そろそろ出題される可能性があると判断して,敢えて出題致しました。受講生の皆様には,非常に有利であったと思います。

選択科目(倒産法)  公開:2021年6月18日

【本試験の分析(辰已法律研究所作成)】
 
1 はじめに
 本年度倒産法の第1問は,破産法からの出題でした。建物建設請負契約における注文者が破産した場合の請負代金の取扱い,及び破産者の預金口座に取引先からの振り込みがなされた場合に,当該振込に係る預金を受働債権とする金融機関による相殺の可否といった重要論点が出題されました。
 第2問は,民事再生法からの出題でした。再生手続における非金銭債権の取扱い,再生計画の認可決定確定後の再生計画取消,及び,再生計画廃止といった論点が出題されました。
 内容としては破産法と民事再生法の両方からの出題がなされた点,又,倒産実体法と倒産手続法の双方にわたる出題がなされた点では例年通りの出題であり,難易度も例年並みと思われます。
 
2 問題文
 
3 本問の分析
〔第1問〕
1 設問1について
 破産者A社の注文に基づきE建設は倉庫の建て替え工事を請け負い,破産手続開始時点で工事は完成して引渡未了であった事案において,支払済み及び未払の請負代金がどのように取り扱われるかが問われています。請負契約の注文者について破産手続が開始した場合に民法642条が適用されることを指摘した上で,支払済みの請負代金については解除の効果は及ぶか否か,及ぶ場合には報酬債権と前受金返還請求権との相殺の可否を検討することとなります。未払の請負代金については民法642条2項に基づき破産債権として取り扱われることを説明することになります。
2 設問2について
 本問では,B銀行のA社に対する貸付金と,B銀行に預けられたA社の預金との相殺の可否が問われています。
 まず,本問において,A社は令和2年6月初めには取引先への支払や金融機関からの借入金の弁済のめどが立たない状況であり,この時点で,支払不能となるか検討する必要があります。支払不能状態であれば,同年6月5日にA社の当座預金口座に取引先から振り込まれた300万円の預金は,支払不能後に破産者に対して債務を負担した場合にあたり,破産法第71条1項2号の相殺禁止の適用の可否が問題となります。
 本問では,上記口座への取引先からの入金は,A社が取引先に対して入金口座として指定した複数の口座のうちの一つであり,従来からの継続的な取引の一環として,取引先であるF商店の選択によりB銀行の口座に振り込まれたこと,などの事情から同号の相殺禁止に該当するか検討する必要があります。
3 設問3について
 本問では,B銀行のA社口座に300万円が振り込まれた時点で,B銀行はA社について破産手続開始申立がされていたことを知らなかったことから破産法71条1項4号の相殺禁止には該当しないと考えられます。一方で,上記振込の以前に,A社の代理人弁護士HからB銀行に受任通知が到達していたことから,B銀行による相殺が破産法71条1項3号の相殺禁止に該当するか検討することになります。
 
〔第2問〕
1 設問1について
 本問は,A社がDとの間で,結婚披露宴の開催に関する役務提供契約を締結した後,結婚披露宴開催前にA社の再生手続が開始された場合に,Dが債権をどのように届け出るべきか,A社が破産した場合との相違に言及しながら説明することが問われています。
 破産手続においては,金銭の支払を目的としない債権については,金銭化(破産法103条2項1号イ)の定めにより,評価額にて債権届出をすることになります。
 これに対し,再生手続の場合,破産手続のような金銭化(破産法第103条2項1号イ)の定めはなく,本問のような役務提供を求める権利も金銭化されることなく,再生債権として取り扱われますので,Dとしては,A社との契約に基づきA社に対して求める役務の内容を,自らの債権として届けることになります。
2 設問2について
 本問では,A社に対して債権を有していない者が虚偽の債権届出を行い,再生計画案の決議に加わっていた場合の,当該再生計画の取消事由の有無,及び,取消事由が認められる場合の裁判所の判断が問われています。
 まず,再生計画の取消事由のうち,「再生計画が不正の方法により成立したこと」(民事再生法189条1項1号)に該当するか検討する必要があります。本問では,Gら10名を除いても,再生計画案に同意した議決権者は半数を1名上回っていた事実がある一方で,虚偽の債権届出の存在を知っていれば再生計画案に同意しなかった債権者が2名いること,債権を有していない者が虚偽の債権届出により決議に参加した点において悪質性が大きいことなどの事実を考慮して取消事由に該当するか否かを検討することになります。
 次に,民事再生法189条1項は,取消事由があるときは裁判所は「再生計画取消しの決定をすることができる」と定めています。そこで,取消事由が認められる場合の裁判所の判断としては,本件では再生計画が滞りなく履行されており,今後も履行を継続することが可能な状況であること,また,再生計画取消しになれば牽連破産になること等を考慮しつつ,裁判所として再生計画取消しの決定をすべきか,検討することになります。
3 設問3について
 本問は,再生計画の認可決定確定後,再生計画に基づく弁済の継続が困難となった場合の裁判所の対応が問われています。
 A社を破産させるよりも再生手続を変更して再生手続を継続する方が再生債権者にとって有利な場合は,再建計画の変更(民事再生法187条1項)を検討することになります。
 また,再生計画が遂行される見込みがないことが明らかである場合,再生手続廃止の決定(民事再生法194条),及び牽連破産(民事再生法250条)を検討することになります。
 
4 的中情報★★★
〔第1問〕
・2021選択科目集中答練第2回(倒産法)第1問
 「請負人破産事例における出来高の割合に対応しない注文者の前払金の過払部分の返還請求権の処遇」
 「注文者破産事例において請負人が自己の契約上の地位を早期に確定させる手段」★★
 
〔第2問〕
・2021選択科目集中答練第1回(倒産法)第1問
 「相殺禁止規定とその例外」
・2021選択科目集中答練第2回(倒産法)第2問
 「破産原因」
・2021選択科目集中答練第4回(倒産法)第1問
 「相殺禁止規定とその例外」
・2021選択科目集中答練第7回(倒産法)第1問
 「「支払停止の認定」

選択科目(租税法)  公開:2021年6月18日

【本試験の分析(辰已法律研究所作成)】
 
1 はじめに
 所得税法・法人税法を中心として租税法の基本的理解が問われていること,典型的なテーマ・論点を題材に条文操作や事案の当てはめを問われていることなどから,出題傾向・形式は概ね例年通りです。難易度は例年通りあるいはやや易化したと考えられます。
 本年度も,昨年度に引き続いて国税通則法が出題されました。もっとも,設問中に示される判例に沿って検討を行えば足りる出題であるため,同法について事前に準備をしていなかったとしても,解答は十分可能であるといえます。
 また,第2問については,解答すべき分量がやや多いことから,要領よく端的に回答していくことが求められます。
 
2 問題文
 
3 本問の分析
〔第1問〕
1 設問1⑴
 財産分与の課税関係については複数の見解が存在します。判例によれば,譲渡所得の課税趣旨に照らし,財産分与としての不動産の譲渡も所33条1項にいう「資産の譲渡」に当たるため,Aには平成18年分の譲渡所得が生じます。
 譲渡所得の金額は,同条3項に従い計算されるところ,①Aは本件土地の引渡しによって財産分与義務の消滅という経済的利益を享受するため,その価額である5000万円が総収入金額に算入され(所36条2項),②本件土地の取得対価である4000万円が取得費に算入されます(所38条1項)。
 また,上記所得は長期譲渡所得(所33条3項2号)に該当するため,その1/2相当額が総所得金額に含まれることになります(所22条2項2号)。
2 設問1⑵
 「資産の譲渡」をしたBには,平成20年分の譲渡所得が生じます。まず,売却額5500万円が総収入金額に算入されます。また,Bは5000万円の財産分与請求権と引き換えに本件土地を取得したものであることから,同金額が取得費に算入されます。
 Bの取得日は,設問⑴との平仄から,平成18年3月1日となります。このため,上記所得は短期譲渡所得(所33条3項1号)に該当し,その全額が総所得金額に含まれることになります(所22条2項1号)。
3 設問2
 各学費が,「その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用」(所37条1項後段)に該当するかが問題となります。そこで,当該要件の判断基準を明らかにしたうえ,各学費について当てはめていくことになります。
 特に,生花の専門学校の学費については,趣味に端を発した支出であること,一般に生花を飾ることが売上げ上昇に直結するとは限らないことなどに留意しつつも,Cの業態・事業内容に照らして,学費支出の事業上の意義を具体的に検討する必要があるでしょう。
4 設問3
 所12条は実質所得者課税の原則を定めています。法律的帰属説に基づき,本件の法律関係に即して検討を行うべきです。本件建物の所有権(共有持分権)はD及びEに1:1の割合で帰属していることや,Dが賃料債権を確定的・終局的に取得したものとは解されないことから,本件建物に係る賃料収入は,D及びEに半額ずつ帰属すると解することができます。
 
〔第2問〕
1 設問1⑴
 法22条2項にいう「有償……よる資産の譲渡」として,時価相当額9000万円が益金算入されます(法22条の2第4項)。他方,この収益に係る「原価」である3000万円が損金算入されます(法22条3項1号)。
2 設問1⑵
 本件AB取引はA社にとって低額譲渡です。低額譲渡であっても,時価相当額9000万円の益金算入と譲渡原価3000万円の損金算入については,小問⑴の処理と同様です(なお,最判平成7年12月19日も参照。)。
 他方,時価と取引額との差額(2000万円)については,B社に対する実質的贈与と認められることから,寄附金に該当し(法22条3項柱書「別段の定め」たる法37条8項),損金算入が制限されます(同条1項)。
3 設問1⑶
 通68条1項の文理や上記平成7年最判の判旨に照らせば,「隠蔽」「仮装」と評価すべき行為は,過少申告そのものとは別に存在する必要があります。したがって,本件A申告そのものは「隠蔽」「仮装」に当たりません。
4 設問1⑷
 上記平成7年最判の判旨に即して検討するに,まず,A社には当初からの過少申告意思が認められます。そして,Qの実地調査における言動や,その後のCへの説明要請,Rへの口裏合わせは,単独に又は全体として「特段の行動」と評価できます。したがって,これらの行為は「隠蔽」「仮装」に該当する事実といえます。
5 設問2
 本件AB取引はB社にとって低額譲受であるため,時価と取引額との差額(2000万円)が受贈益として益金算入されます(法22条2項)。
 本件BP取引はB社にとって低額譲渡です。時価相当額9000万円の益金算入,譲渡原価の損金算入,時価と取引額との差額(1500万円)が寄附金となることについては,設問1小問⑵の処理と同様です。ここで,譲渡原価の額は,設問1小問⑵との平仄から,9000万円と解することになります。
6 設問3
 所34条,35条の条文構造から,事業所得,一時所得,雑所得の順に検討を行うことになります。
 まず,事業所得について,Cは「事業」(最判昭和56年4月24日など)を営む者とはいえないため,本件リベートは事業所得に該当しません。
 次に,一時所得について,継続性や対価性の有無が問題となります(所34条1項)。本件リベートの性格に即して検討すべきところ,一時所得の要件を満たさないと評価すれば,本件リベートは雑所得に該当します(所35条1項)。
 
4 的中情報★★★
〔第1問〕
・2021スタンダード論文答練(租税法1)第1問
 「事業所得における必要経費」★★★
・2021スタンダード論文答練(租税法2)第1問
 「事業所得における必要経費」★★★
・2021選択科目集中答練第3回(租税法)第2問
 「必要経費該当性」★★
・2021選択科目集中答練第4回(租税法)第1問
 「財産分与の譲渡所得該当性」★★★
 「譲渡所得の取得費」★★★
・2021選択科目集中答練第6回(租税法)第2問
 「財産分与と譲渡所得」★★
・2021選択科目集中答練第7回(租税法)第1問
 「実質的所得者課税」★★
 
〔第2問〕
・2021全国公開模試(租税法)第2問
 「広告宣伝費・寄附金該当性」★★
・2021スタンダード論文答練(租税法2)第2問
 「過少申告課税における「正当な理由」(国税通則法65条4項1号)」
・2021選択科目集中答練第1回(租税法)第2問
 「事業所得と雑所得の区別」
・2021選択科目集中答練第2回(租税法)第1問
 「事業所得と雑所得の区別」
・2021選択科目集中答練第3回(租税法)第1問
 「違法支出に関する法人税上の取り扱い」
・2021選択科目集中答練第8回(租税法)第2問
 「広法人の低額譲渡と益金・損金の額」

選択科目(経済法)  公開:2021年6月21日

【本試験の分析(辰已法律研究所作成)】
 
1 はじめに
 今年の経済法の第1問は,入札談合事案において,談合への関与度合い,方法等の違いに応じた3つのグループ(Y1-13,Y14及びY15)について不当な取引制限(独禁法3条後段,2条6項)が成立するかを事実関係に則して論じさせる問題でした。Y14及びY15については,論じるべきポイントが問題文にある程度記載されており,誘導に乗って解答することにより論点落としを防ぐことができるのではないかと思われます。
 第2問は,市場における有力なメーカーによる行為が不公正な取引方法及び私的独占に該当するか否かを論述させる良問といえます。
 
2 問題文
 
3 本問の分析
〔第1問〕
1 Y1-13について
 Y1-13については,総合評価落札方式であることの特殊性について説得的に論じることができるかが一つのポイントとなるでしょう。発注者である地方自治体において,単純な入札価格の比較のみならず技術評価点を加味した上で受注者を決定する総合評価落札方式を採用する事例が増えてきているところ,単純な入札価格のみでは受注者が決まらないことから入札談合が成立しないのではないか,と争われるケースが出てきています(東京高裁令和元年5月17日審決取消訴訟参照)。本問の事実関係では,①技術評価点の予測値についても情報交換をしていること,②結果として20件中ほぼすべてにおいて調整どおりの結果となっていること(技術評価点の予測値の情報交換による調整が機能していたといえること)などから,総合評価落札方式の特殊性に合わせた基本合意が成立しているか,という点を論じていく必要があるでしょう。
2 Y14について
 Y14については,拘束の相互性が認められるかという典型的な論点を事実関係に基づいて丁寧に認定できるかがポイントとなるでしょう。Y14は本件各工事を受注する希望がなかったものの,X県での案件において便宜を図ってもらえるかもしれない,という期待を有していた(ただし,具体的な見返りに関する質問やそもそも見返りを期待する相手方が誰であるかも認識していなかった)という事実関係で,Y14による一方的な協力にとどまるか,それともY1-13との間に相互拘束を認めることができるかを検討する必要があるでしょう。
3 Y15について
 Y15については,相互拘束からの離脱が成立するかについて,裁判例において示されている規範に基づき,問題文記載の事実関係を丁寧に当てはめていく必要があるでしょう。特に,Y15はY1に対して離脱の意思を伝えているものの,Y1が他の参加者に対してY15の離脱の事実を伝えていなかったことをどう評価するかを論じる必要があるでしょう。
 
〔第2問〕
1 設問1について
 まず,措置1の行為については,販売店をして,X社の競合であるY社の製品の積極的な推奨をやめさせたことが,拘束条件付取引(一般指定12項)に該当するかを論じることになります。行為の結果としてY社製品の取扱いを断念したことを捉え,単独の間接取引拒絶(一般指定2項後段)又は取引妨害(一般指定14項)といった構成もあり得なくはないですが,そもそも取引を「拒絶」又は「妨害」させたといえるのかについて慎重な検討が求められます。そして,措置1によって,公正競争阻害性(本件では市場閉鎖効果)が認められるかについても丁寧に論じる必要があります。Y社製品を推奨することを取りやめることによって,販売店経由での取引機会が減少するといえるかについても,当該製品に係る事実関係(ユーザーは,販売店の助言や推奨によってメーカーを選定する傾向が強い点など)を踏まえた認定が必要となるでしょう。
 措置2については,販売店に対してX社の製品を推奨させる代わりに,販売増加率に合わせた累進リベートを供与することが独占禁止法上違法な差別的取扱い(一般指定4項)又は拘束条件付取引(一般指定12項)に該当するかが問題となります。販売店に対してリベートを提供することそれ自体が直ちに違法な行為とはならないことを指摘し,これによって販売店における競争制限としての機能をもつ等の市場閉鎖効果が発生する場合には違法となることに触れた上で,本件の事実関係に則して検討していくことが求められます。X社のブランド力が高く販売店としてX社の製品を取り揃えておく必要性が高いこと,X社の製品を推奨するという約束に違反した場合には,リベートを受け取れない以上の不利益を被ること,実際にY社製品の取扱いを中止した販売店も出てきていること,などを踏まえ,独禁法上の違法性を論じていくことになるでしょう。
2 設問2について
 設問2は,X社による措置1及び2全体について,追加的な事実関係に基づき,排除型私的独占(独禁法2条5項,3条前段)が成立するかが主要な論点となります。措置1及び措置2の行為を全体的に見て,Y社の事業活動を「排除」したといえるか,追加的な事実関係(X社の市場シェアが60%にも達している,排除行為によって製品の価格水準が安定した状態にあること等)を踏まえ,「一定の取引分野における競争を実質的に制限」したといえるかにつき,詳細に論じていく必要があります。
 
4 的中情報★★★
〔第1問〕
・2021スタンダード論文答練(経済法2)第1問
 「共同して(独占禁止法2条6項)の認定」★★
 「相互…拘束(独占禁止法2条6項)の認定」★★
 「他の事業者(独占禁止法2条6項)の認定」★★
 「市場画定」★★
 「競争を実質的に制限する(独占禁止法2条5項,6項)の認定」★★
・2021選択科目集中答練第4回(経済法)第1問
 「入札談合における基本合意の立証」★★★
 「相互にその事業活動を拘束し」★★★
 「一定の取引分野における競争を実質的に制限すること」★★★
 「既遂時期」★★★
 
〔第2問〕
・2021全国公開模試(経済法)第2問
 「再販売価格拘束と拘束条件付取引の拘束条件」★★★
・2021スタンダード論文答練(経済法2)第2問
 「条文選択」★★
 「『拘束』『条件として』『拒絶する』の認定」★★
 「市場閉鎖効果の認定」★★
・2021選択科目集中答練第1回(経済法)第1問
 「『排除』の意義と認定」
 「『競争を実質的に制限』の意義と認定」
・2021選択科目集中答練第1回(経済法)第2問
 「差別的取扱い」★★
・2021選択科目集中答練第2回(経済法)第2問
 「拘束条件付取引の行為要件」
・2021選択科目集中答練第4回(経済法)第2問
 「拘束条件付取引の公正競争阻害性」★★
・2021選択科目集中答練第7回(経済法)第2問
 「差別対価・取引条件の差別的取扱いの行為要件」★★
 「差別対価及び取引条件の差別的取扱いの効果要件」★★
 「私的独占の行為要件-『排除』の意義と認定」★★
 「私的独占の効果要件-『一定の取引分野』の画定」★★
 「私的独占の効果要件-競争制限効果の判断」★★

選択科目(知的財産法)  公開:2021年6月21日

【本試験の分析(辰已法律研究所作成)】
 
1 はじめに

 第1問(特許法)は,東京地裁平成23年6月10日判決〔医療用器具事件〕の事案を題材としながら,均等論の第5要件や消尽論の射程など,重要な最高裁判決の理解を問う問題である。題材となった事件は,地裁判例ながら判例百選〔第5版〕に収録されているものであり,百選収録判例については目を通しておくことがこれまで以上に重要となる。
 第2問(著作権法)は,著名判例の正確な知識を問う問題と,その場で考えることを求められる問題が,組み合わさったものといえる。

2 問題文
 
3 本問の分析
〔第1問〕
1 設問1について
 設問1では,均等論の第5要件該当性が問題となる。最高裁平成29年3月24日判決〔マキサカルシトール事件〕の判旨のうち「出願人が,特許出願時に,その特許に係る特許発明について,特許請求の範囲に記載された構成中の対象製品等と異なる部分につき,特許請求の範囲に記載された構成を対象製品等に係る構成と置き換えることができるものであることを明細書等に記載するなど,客観的,外形的にみて,対象製品等に係る構成が特許請求の範囲に記載された構成を代替すると認識しながらあえて特許請求の範囲に記載しなかった旨を表示していたといえるとき」に当たるといえるため,対象製品が特許発明の出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たる特段の事情があることとなる。
2 設問2について
 設問2では,消尽論の射程が問題となる。最高裁平成19年11月8日判決〔インクタンク事件〕か示した「新たな製造」に当たるかどうかの判断基準である「当該特許製品の属性,特許発明の内容,加工及び部材の交換の態様のほか,取引の実情等も総合考慮して判断する」に当てはめることが求められる。このうち「当該特許製品の属性としては,製品の機能,構造及び材質,用途,耐用期間,使用態様が,加工及び部材の交換の態様としては,加工等がされた際の当該特許製品の状態,加工の内容及び程度,交換された部材の耐用期間,当該部材の特許製品中における技術的機能及び経済的価値が考慮の対象となる」という部分まで意識できていると良い。
3 設問3について
 設問3(1)では,C製品は101条2号の「その物の生産に用いる物」等の客観的要件を充たすことをふまえて,「その発明が特許発明であること及びその物がその発明の実施に用いられることを知りながら」といえるかどうかについて,具体的に検討することが求められる。
 設問3(2)では,調査結果ではC製品の全使用例数のうち3割が汎用クリップで留めた状態で使用されるにすぎないから,102条2項の推定は7割が覆滅されると主張することが考えられる。
 
〔第2問〕
1 設問1について
 設問1では,丙による写真が職務著作(15条1項)に当たることに問題はないと思うが,最高裁平成15年4月11日判決〔RGBアドベンチャー事件〕を意識した論述ができると良い。丙は,ホームページに当該写真を掲載しているわけではないものの,写真を印刷して売却する申し出を行っていることから,複製権(21条)及び譲渡権(26条の2第1項)を「侵害するおそれがある者」としてこれを差し止め(112条1項),「予防に必要な措置」(同条2項)としてデータの廃棄を請求できることになるであろう。
2 設問2について
 設問2(1)では,最高裁平成14年4月25日判決〔中古ソフト事件〕の論理を正確に再現することが求められる。
 設問2(2)では,頒布権(26条)のうち貸与する権利は消尽しないとされているところから,当該サービスが当初から譲渡(所有権の移転)であるか,返品できる間は貸与にとどまるかを検討しなければならない。結論はいずれでも良いが,解除権留保付き売買すなわち譲渡と構成することが素直なのではないか。
3 設問3について
 設問3では,乙は翻案権(27条)を含む著作権を譲渡したことにより改変について黙示の許諾を行ったものである,乙が同一性保持権侵害(20条1項)を主張することは権利濫用(民法1条3項)に当たる,あるいは,Aによる翻案は20条2項4号に該当する,などの主張が考えられる。
 
4 的中情報★★★
〔第1問〕
・2021司法試験全国公開模試(知的財産法)第1問
 「均等論第5要件」★★★
・2021スタンダード論文答練(知的財産法2)第1問
 「特許法101条2号の間接侵害の成立要件」★★★
・2021選択科目集中答練第1回(知的財産法)第1問
 「消尽と交換部品の取替え」★★★
・2021選択科目集中答練第3回(知的財産法)第1問
 「均等論」★★★
 
〔第2問〕
・2021スタンダード論文答練(知的財産法1)第2問
 「『やむを得ない』改変(20条4項)」★★★
・2021選択科目集中答練第1回(知的財産法)第2問
 「映画の著作物の著作者・著作権者」
・2021選択科目集中答練第2回(知的財産法)第2問
 「著作者人格権の不行使特約」★★
・2021選択科目集中答練第8回(知的財産法)第2問
 「貸与権の消尽」★★★

選択科目(労働法)  公開:2021年6月21日

【本試験の分析(辰已法律研究所作成)】
 
1 はじめに
 論文本試験の労働法の設問については,第1問が個別的労働関係に関する出題であることは一貫していますが,第2問については,集団的労働関係に関する出題されるか,もしくは個別的労働関係に関する論点と集団的労働関係に関する論点との融合問題が出題される傾向にあります。本年度は,第1問が個別的労働関係に関する出題,第2問が集団的労働関係に関する出題と,オーソドックスな出題形式になりました。
 なお,近年は,比較的直近に注目される裁判例が示されているテーマや,学会で注目されているテーマがしばしば出題される傾向にありましたが,本年度は,第1問,第2問ともに,近年の著名な裁判例を下敷きにした形跡はなく,テーマについても,いずれも古くから存在する論点が出題されており,必ずしも近年のトレンドを反映するような出題ではありませんでした。こうした傾向が次年度以降も続くのか,注目していく必要があると思われます。
 他方,昨年度までは,きわめてオーソドックスかつシンプルな論点を提示しつつ,事例中における事実関係を適切に抽出し,あてはめを構成する能力が問われる出題がしばしばみられましたが,本年度は,第1問,第2問ともに,問われる論点そのものがややマイナーな論点であったり,大まかなくくりでいえばメジャーな論点ではあるものの,設問レベルでは,当該論点についての一定以上の深い理解や,応用力がなければ対応することが難しい出題がなされています。その意味で,事例の中から適切な事実を抽出し,評価を行う「あてはめ」の能力というよりは,個々の論点についての深い理解や,応用的な考察力が問われる出題であったように思われます。今後もこうした傾向が続くようであれば,事例の事実関係を処理する能力だけでなく,法的な論点についての深い理解や考察力を高める学習が必要になってくるかもしれません。
 
2 問題文
 

3 本問の分析
〔第1問〕
 第1問は,1つの事例の中で,懲戒処分の有効性,使用者からの労働者に対する損害賠償請求,整理解雇の有効性の3つの異なる論点について問われるという出題でした。これらの論点それ自体は,個別的労働関係の中でも比較的重要な論点の1つであり,一定の学習をしていた受験生が多かったと思われます。他方,以下で詳述するように,本問で具体的に問われた法的な問題点の中には,重要判例があるわけでもなく,基本書でも多くの解説が費やされていないものも含まれています。結果として,高得点を挙げるためには,各論点に関する「知識」よりも,論点についての深い「理解」および,その場での「応用力」が問われたのではないかと思います。

1 設問1について
 設問1は,X1に対する懲戒処分の有効性が問われています。ここでは,第1に,本件懲戒処分の法的な根拠,第2に,本件処分の具体的な有効性判断の2点について論じる必要があります。
 まず,使用者による懲戒処分の法的な根拠については,いわゆる固有権説と契約説の理論的な対立がある一方,判例は,このいずれの立場に立っているかは明確ではありません。他方で,フジ興産事件最高裁判決によって,「懲戒処分を科すには就業規則に定めを置くことを要する」としており,このフジ興産事件最判については知っている受験生が多かったと思います。ところが,本問では,Y社が労働者10人未満の事業所であり,就業規則の作成義務がないことから,就業規則を作成しておらず,上記のフジ興産事件を用いて問題を処理することができないことが最初のポイントになります。すなわち,フジ興産事件最判の枠組みではなく,懲戒処分の法的根拠に関する固有権説と契約説の理論的対立を踏まえた上で,どちらの立場を採用するかを理由とともに明示し,その立論に沿ってあてはめを行う必要があります。この点がきちんと整理できているかどうかが,評価の分かれ目になると思われます。固有権説を採用すれば,使用者の懲戒権限を根拠としつつ,労働契約書上の懲戒規定はあくまでも「例示」であることを前提に参照しつつ,懲戒処分の有効性を判断することになるでしょう。契約説の立場を採用すれば,労働契約書における懲戒に関する規定を直接の根拠として,懲戒処分の有効性を判断することになるでしょう。
 次に,本件懲戒処分の具体的な有効性判断については,形式的には懲戒事由に該当し(回答に当たっては,具体的に労働契約書上のどの条項に該当するかをきちんと指摘する必要があるでしょう),Y社に少なくない損害を生じさせている一方,Xの処分事由が過失によるものであること,手続的な正当性に疑問があること,上記に比して,出勤停止処分という諭旨解雇に次ぐ重い処分が選択していることについて相当性に疑義がありうること等を指摘しつつ,本件処分の有効性を検討すればよいものと思われます。当然ですが,前提として,労働契約法15条に言及することが必要になります。
2 設問2について
 設問2は,使用者の労働者に対する業務に関する損害賠償請求の可否とその限界が問題となります。
 前提として,Y社はXに対する懲戒処分を科していることとの関係が問題となりますが,懲戒処分は労働関係に基づく使用者の権限に基づく処分であるのに対し,損害賠償請求は労働者の不法行為に基づくもの民事上の権利の行使ですから,二重処分ということにはならないということを簡単に論じておけばよいでしょう。
 そのうえで,Y社によるXへの損害賠償の適否を判断することになります。これについては,茨城石炭商事事件最判が,使用者の労働者に対する損害賠償請求の際に考慮すべき点について述べていますので,それを参考にすればよいでしょう。すなわち,使用者から労働者への賠償請求は,損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度においてのみ許されることをまず指摘する必要があります。そのうえで,考慮すべき事項として,判例は,事業の性格,規模,施設の状況,被用者の業務の内容,労働条件,勤務態度,加害行為の態様,加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情を挙げていますので,これらの事情について具体的に検討すればよいでしょう。本件は,Xの故意ではなく過失によるものであること,本件事故が生じるまでのY社の対応の問題点(長時間労働が恒常化する中で,業務量の削減を図ることなく,時間外労働の送料のみを制限したこと)などを考慮すれば,その損害額の全額をXに負担させることは認められないという判断になるのではないかと思われます。
3 設問3について
 設問3は,X2およびX3に対する解雇の有効性を検討することになります。
 まず最初に,解雇に関する規定が労働契約書に存在しないことが問題となります。この点,就業規則所定の解雇事由が限定列挙か例示列挙か,という議論に引き付けて,解雇事由が明示されていないので,解雇ができないという結論に進みたくなりますが,就業規則上の解雇事由に関する限定列挙説は,退職に関する事由が就業規則の絶対的必要記載事項であることや,解雇事由を明示しながらこれとことなる事由による解雇を行うことが禁反言的な性質を有することをも根拠とするものであり,労働契約書に解雇事由が「記されていない」ことをもって解雇の根拠がないとする立論には直ちにつながらない点に注意しなければなりません。
 むしろ,ここでは単に,民法627条に基づいて,労働契約の解約権(解雇権)が認められるとしたうえで,労働契約法16条に基づく解雇権濫用法理の問題として処理するのが無難でしょう。
 事例を読む限り,解雇理由がどのように記されていなのかがはっきりしないため,本件解雇が普通解雇(経営方針への理解や協調性を理由とする解雇)であると解釈する余地もないわけではありませんが,経営が悪化していく状況等を踏まえれば,本件を整理解雇ととらえて差し支えないと思われます(あるいは,普通解雇とした場合でも,経営方針への理解や協調性を欠く具体的な事由が示されていない→解雇無効という処理で差し支えないでしょう)。しかるに,いわゆる整理解雇法理に沿って判断することになるでしょう。具体的なあてはめにおいては,売り上げの減少が続いており人件費の削減が必要であったこと,労働者全員に対して解雇の方針を説明し,異議等が出なかったことから,整理解雇の必要性,および手続の相当性については問題ないものと思われます。他方で,問題となるのは,第一に,いわゆる解雇回避努力を履行していないことでしょう。この点,Y社が極めて小規模な事業所であって,解雇回避努力を現実に実施する可能性がどこまであったかという点をどう評価するかがポイントになると思われます。第二に,人選について,「経営方針への理解,協調性,柔軟性」といった基準を用いることの妥当性が問題となります。これについても,主観的な要素を人選基準とすることは恣意的な人選につながる恐れがあることから,一般に消極的に解される一方,Y社の企業規模や経営状況から,こうした要素を人選基準として用いることが許容されるかどうかをどのように評価し,説得的に論じることができるかがポイントとなると思われます。
 
〔第2問〕
 第2問は,Xに対する懲戒解雇の有効性が問われています。仮に,本件懲戒解雇の有効性を問題とするとすれば,第1に,Xの行為は正当な組合活動としての行為であり,本件懲戒解雇は正当な組合活動を理由とした不利益取扱であるとして,労働組合法7条1号に反し無効であるという立論が考えられます。第2に,労働契約法15条に基づき,懲戒解雇の有効性を判断をするという立論も考えられるでしょう。本問は,たとえば労働組合としての対応(不当労働行為に対する救済申し立て等)が問われているわけではありませんので,上記,いずれの立論に基づいた検討を行っても差し支えないと考えられます。
 なお,労組法7条1号を問題にするか,労契法15条を問題とするかによって,摘示すべき条文やその要件等は異なってきます。検討の重要なポイントとなるのは,Xの行為が組合活動として正当と言えるかどうかという点では共通します。
 Y社がXの懲戒解雇事由とした第一は,Xが主導した罷業行為の正当性となります。ここでは,まず,組合本部の承認を得ないままに行われた点が問題となります。組合本部の承認を得ない支部による争議行為は,組合本部の団体交渉権と競合しないかどうかという観点から正当性が判断されると一般には理解されています。本件の場合,F支部は協議会を通じた折衝を行っていたものの,団体交渉及び労働協約の締結権限までは有していなかったことがポイントとなりますが,本件罷業行為の正当性については消極的に評価されるでしょうか。もっとも,P書記長は,罷業行為について,「時期尚早」とするにとどまり,組合としての方針に明確に反するものではないと評価する余地があること,現に本件罷業行為が,組合本部の仲介による解決を見ていることから,組合本部の団体交渉権限と競合する行為にまでは至らないとして,直ちに正当性は否定されないと評価する余地もあるでしょう。また,本件はBという非組合員の処遇をめぐる問題であることから,そもそも組合の交渉範囲外の事項ではないかという問題もあります。もっとも,この点については,団体交渉の範囲は組合員の処遇等に限らず,組合員の将来的な利害にかかわる事項についても含まれると考えられていることから,直ちに正当性を否定する事情にはならないものと思われます。これらの事情とあわせて,本件がF支部の組合員にとっては安全(声明)にかかわる重大な事項が関わっていること,一連の経緯におけるWの挑発的な対応をもって,Xらの罷業行為もやむを得ないとして正当化する余地があるかどうか,いずれの結論をとるにせよ,事例中の事実を的確に拾って,論理的に適切な論証ができるかどうかがポイントと思われます。
 Y社がXの懲戒解雇事由とした第二は,インターネット上の書き込み行為等です。こうした労使対立に伴う宣伝のための使用者批判行為は,しばしば問題とされます。これについては,労使紛争という特殊な事情を一定程度は考慮(多少の過激な表現等は,それに至った経緯を踏まえて許容される余地がある)しつつも,基本的には,内容の真実性・相当性にもとづいて正当性が判断されるというのが裁判例の傾向です。本問の場合,事実を誇張してY社を攻撃・中傷する過激なものとされており,現にY社に抗議が殺到したと記されていることから,一連の経緯を踏まえたとしても,正当な組合活動と評価するのは難しいように思われます。
 結論として,Xらの行為は,組合活動としての正当性を欠き,懲戒解雇は有効との結論に至る可能性が高いように思われます。仮に,懲戒解雇が無効という立場で立論するとすれば,一連の経緯を踏まえて,Xらの罷業行為が正当な団体行動と評価したうえで,インターネット上の書き込みについては,正当な行為とは言えないが,Wの対応も合わせ考慮すれば,懲戒解雇は重きに失するという立論はあり得るというところでしょうか。
 
4 的中情報★★★
〔第1問〕
・2021選択科目集中答練(労働法)第4回第1問
 「懲戒処分の有効性」★★
・2021選択科目集中答練(労働法)第6回第1問
 「整理解雇」★★
・2021選択科目集中答練(労働法)第8回第1問
 「懲戒処分の有効性」
 
〔第2問〕
・2021選択科目集中答練(労働法)第1回第2問
 「争議行為の正当性」
・2021選択科目集中答練(労働法)第4回第1問
 「懲戒処分の有効性」
・2021選択科目集中答練(労働法)第8回第1問
 「懲戒処分の有効性」
・2021選択科目集中答練(労働法)第8回第2問
 「正当性を欠く争議行為と懲戒処分」★★

選択科目(環境法)  公開:2021年6月21日

【本試験の分析(辰已法律研究所作成)】
 
1 はじめに

 第1問は,環境影響評価法,大気汚染防止法の制度理解,関係法令の解釈・適用,規制の手法・内容並びに民事訴訟及び行政訴訟それぞれの救済手段が問われています。
 第2問は,廃棄物の処理及び清掃に関する法律(以下「廃掃法」という。)の制度理解,関係法令の解釈・適用,規制の手法・内容の他,並びに民事訴訟及び行政訴訟それぞれの救済手段が問われています。

2 問題文

3 本問の分析
〔第1問〕
1 設問1について
 〔設問1〕は,環境保全措置(環境影響評価法14条1項7号ロ)及び横断条項(同法33条)など環境影響評価法の他,資料として掲載されている環境影響評価法施行令・道路法・道路法施行規則・その他省令の仕組みの検討が求められています。
 小問(1)は,主に環境影響評価法に基づく配慮書・方法書・準備書・評価書作成の各種手続,並びに横断条項の理解を尋ねています。具体的には,環境影響評価法14条1項7号ロ,同法33条,同法8条1項・14条1項2号・4号,同法18条1項・20条1項・21条1項などの他,環境影響評価法施行令1条・3条・19条,道路法74条,道路法施行規則7条1項・2項,平成10年建設省令第10号(資料掲載の省令)3条1項・2項などの規定の仕組みの分析が問われています。
 また,瑕疵について検討すべき項目として,本問では4点挙げられています。具体的には,①計画段階環境配慮書作成において,道路の新設中止や別ルート設定の検討がなかったこと,②環境影響評価準備書において,A県が行った記載は,C及びDが計画段階環境配慮書に対し絶滅危惧種の植物Q保護のため別ルートの検討をすべき旨などを記した意見書を提出したにもかかわらず,植物Qの一部を別の場所に移植する旨の記載にとどまったこと,③環境影響評価書において,C及びDが環境影響評価準備書に対して意見書で述べた点,すなわち植物Qの移植が成功した例はなく環境保全措置が不十分であるという点について,A県の見解が記載されなかったこと,④環境影響評価準備書及び環境影響評価書において,「本件事業により環境基準を超えるSPM…が発生するおそれはない。」と記載された部分は改ざんされたデータを基礎としていたこと,が挙げられます。
 さらに,こうした瑕疵を指摘するにあたって,同法14条1項7号ロかっこ書に基づく複数案検討義務の有無,同法33条違反として取消違法を構成するか,手続的瑕疵(同法14条1項4号違反,同法21条1項違反など)が取消違法となるか,取消違法とする上で裁量逸脱濫用の構成を要するか,などに関する理解を前提に解答することが求められています。
 小問(2)は,本件国道の新設を阻止する行政訴訟として,差止訴訟を提起することが考えられます。原告適格に関する事情については,B地区に居住し長年植物Qの研究・保護活動をしているCという自然人の存在,A県に拠点を置く自然保護団体である特定非営利活動法人Dという法人の存在に配慮して検討することが求められています。また,横断条項が関わる事案であることにも配慮できればなおよいと考えられます。
2 設問2について
 〔設問2〕は,環境影響評価法の2011年改正の内容,及びその改正の趣旨と効果について問う内容です。
 2011年改正それ自体の内容は多岐にわたることから,設問文で出題内容が特定されています。具体的には,石炭火力発電所の設置に関する事業者の対応について国の地球温暖化対策の2030年度目標と整合せず是認できない旨の環境大臣の意見表明が重要な契機となって,2016年にエネルギー関連の法律の仕組みが温暖化対策に資するように改正されたとして(地球温暖化対策推進法及び再生可能エネルギー特措法参照),この2016年の改正の経緯に相当程度影響を与えたといわれる環境影響評価法の2011年改正の内容が問われています。
 そこで,計画段階環境配慮手続の導入(同法3条の2以下)を挙げて,その制度趣旨が事業計画の早期段階における環境配慮を図る点にあることを説明すること,及び,自治体などからの意見を求める第一種事業実施者の努力義務(同法3条の4ないし3条の7),早期の段階で環境大臣の意見表明の機会を増加させたこと,ティアリング(先行評価の活用)などを説明することが求められています。
 なお,上記設問文の誘導から,2011年改正について,環境影響評価項目に温室効果ガス等も入れられたこと(環境影響評価法5条1項7号,14条1項7号イ),交付金事業・風力発電事業が対象事業(同法2条)に追加されたことを挙げて説明することも考えられます。
3 設問3について
 〔設問3〕は,計画段階環境配慮制度の限界と新たに導入すべき制度について問う内容です。
 道路(問題文参照)を例とすると,①実施の決定,②場所の決定,③建設方法の決定という3段階のうち,計画段階環境配慮制度は,実施の決定(①)を前提とした場所の決定(②)の段階における作業といわれています。すなわち,計画段階環境配慮制度は,「道路を建設するかどうか」という実施の決定(①)の段偕においてアセスメントをするものではない,と説明されています。
 このような計画段階環境配慮制度の限界との関係で,個別事業の実施に枠組みを与える計画や政策を対象とする戦略的環境アセスメント制度の導入が注目されてます。こうした現行法制度の理解が問われていることから,事業を実施しないゼロオプションの検討に関する説明もあればなおよいと考えられます。
4 設問4について
 〔設問4〕は,大気汚染防止法25条1項に基づく損害賠償請求及び共同不法行為に基づく損害賠償請求(民法719条1項後段類推適用)の理解について尋ねています。
 設問文では,本件国道設置後,E地区における大気中のSPMの濃度は環境基準を超え,その後Fらは呼吸器系疾患に悩まされるようになったいう事情が記載され,かつ,この事情についてA県を道路管理者とする本件国道に起因するSPMとG社の石炭火力発電所から排出されたSPM等との競合の可能性が指摘されているという事情が記載されています。そこで,FらはA県とG社に対して損害賠償請求をすることが考えられます。
 この請求の根拠を大気汚染防止法25条1項とする場合,同項が無過失責任の規定であることから,Fらは相手方の過失を主張立証することを要しないものの,個々の行為と被害との因果関係などについて主張立証を要することとなります。
 一方で,請求の根拠を共同不法行為(民法719条1項後段)とする場合,Fらは相手方の過失などを主張立証することを要するものの,共同不法行為のなかの個別行為と被害との因果関係の推定(民法719条1項後段類推適用)によって因果関係の主張立証の負担が軽減されることとなります。
 説明に際しては,条文に即して各要件を検討することが求められていますが,請求の根拠の対比を示すことができればなおよいと考えられます。
 
〔第2問〕
1 設問1について
 〔設問1〕では,産業廃棄物の収集運搬業及び処分業の許可の取消しをしない場合とその取消しをした場合における廃掃法の制度の理解が問われています。
 小問(1)①では,P県知事がC社に対する産業廃棄物の収集運搬業及び処分業の許可の取消しをしない場合,A社が元請業者B社から基礎工事の施工を下請負人として受注しかつコンクリート破片の解体処理の委託契約をB社と締結し,C社がA社からその処理の委託を受けた事情のもと,P県知事がB社及びC社に対して廃掃法上どのような措置を講ずることができるかを説明することが求められています。
 具体的には,まず,このコンクリート破片が産業廃棄物に該当すること(同法2条4項1号,廃棄物の処理及び清掃に関する法律施行令2条9号),産業廃棄物保管基準に違反する状態で野積みされたことなどから,P県知事のC社に対する同法19条の3第2号に基づく改善命令及び同法19条の5第1項1号に基づく措置命令が考えられます。
 また,こうした事情に加えて,C社の経営状況が悪化した事情や,B社の負担がコンクリート破片の標準的な処理費用の3分の1にとどまる事情があることから,P県知事のB社に対する同法19条の6第1項1号・2号に基づく措置命令が考えられます。
 小問(1)②は,産業廃棄物の収集運搬業及び処分業の許可の取消しをしない場合で,かつ,上記①の措置が講じられていない場合に,コンクリート破片の乙地区の住宅地への小規模な崩落が拡大する兆候が現れていた場合に,どのような措置が考えられるかを説明することが求められています。
 前記各種事情に加えて,当該崩落拡大の事情については生活環境の保全上支障が生ずるおそれがあるといえることから,同法19条の8第1項1号・4号に基づく代執行の検討が求められています。代執行に要した費用の負担(同法19条の8第2項)に触れることができればなおよいと考えられます。
 小問(2)では,P県知事がC社に対する産業廃棄物の収集運搬業及び処分業の許可の取消しをした場合,C社に対して,廃掃法上どのような措置を講ずることができるかを説明することが求められています。
 この許可取消しの事情(19条の10第2項3号)に加えて,産業廃棄物処理基準に適合しない保管の事情(同項柱書前段),前記コンクリート破片が崩れて近隣住宅に流れ込むという生活環境の保全上支障が生ずるおそれに関わる事情などから,P県知事は,廃掃法19条の10第2項の準用する19条の5の規定に基づき本件コンクリート破片に関して産業廃棄物処理基準に従った保管をするよう命じることが考えられます。
2 設問2について
 〔設問2〕では,乙地区に土地建物を所有しそこに以前から居住するDは,C社及びP県に対して,どのような法的請求が可能か,論じることが求められています。
 本件コンクリート破片が乙地区の住宅地に流れ込む兆候が拡大している事情,そして,その乙地区にはDが居住するD所有の土地建物があるという事情に照らし,複数の法的請求を検討することが考えられます。
 C社に対しては,まず,民事差止請求が考えられます。この場合,Dは人格権(あるいは平穏生活権)を根拠に,コンクリート破片の撤去を求めることになり,差止請求の要件として,権利侵害,違法性,因果関係を論じることとなります。また,Dは,C社に対し所有権に基づく物権的妨害予防請求として,コンクリート破片の撤去を求めることが考えられます。
P県に対しては直接型(非申請型)義務付け訴訟を提起し,廃掃法19条の5第1項1号や同法19条の10第2項に基づく命令などを求めて法的請求を行うことが考えられます。この場合,直接型義務付け訴訟の訴訟要件の充足を論じることとなります。
 
4 的中情報★★★
〔第1問〕
・2021全国公開模試(環境法)第2問
 「共同不法行為」★★★
・2021スタンダード論文答練(環境法1)第1問
 「環境影響評価手続の瑕疵と処分の違法性との関係」★★★
・2021選択科目集中答練第1回(環境法)第1問
 「共同不法行為」★★★
・2021選択科目集中答練第3回(環境法)第1問
 「環境影響評価手続の瑕疵と処分の違法性との関係」★★★
 「横断条項と処分の違法性との関係」★★★
 「代替案の不検討と処分の違法性との関係」★★★
・2021選択科目集中答練第4回(環境法)第2問
 「原告適格」★★★
 
〔第2問〕
・2021全国公開模試(環境法)第1問
 「民事差止訴訟の根拠論」★★★
 「受忍限度論」★★★
・2021選択科目集中答練第3回(環境法)第1問
 「民事差止め請求の根拠」★★★
 「民事差止め請求における受忍限度論」★★★
・2021選択科目集中答練第3回(環境法)第2問
 「廃棄物処理法に基づく措置命令・代執行の検討」★★★
・2021選択科目集中答練第7回(環境法)第1問
 「不適正処理が行われた場合の対応(事業者等に対する措置)」★★★
 「不適正処理が行われた場合の対応(行政による自主的対応)」★★★
・2021選択科目集中答練第7回(環境法)第2問
 「民事差止訴訟の根拠論」★★★

選択科目(国際関係法〔公法系〕)  公開:2021年6月21日

【本試験の分析(辰已法律研究所作成)】
 
1 はじめに
 第1問は,2017年のスペインにおけるカタルーニャ独立運動が主たる素材になっているものと思われます。また,第2問は,近年の中国の海洋進出を背景とする出題と考えられます。例年の傾向からすると,現代的論点を多く含む第2問は,やや難しかったように感じられます。そのため,第1問で着実に得点することが求められます。
 
2 問題文


3 本問の分析
〔第1問〕
1 設問1について
 
大使館の設置(外交使節の交換)や外交使節の派遣は,黙示の国家承認となります。そのため,B国の立場からは,これらは「尚早の承認」にあたらず,内政干渉ではないと主張する必要があります。尚早の承認は,①領土,②住民,③政府という国家の成立要件を満たしていない段階での承認をいいます。このうち,③政府が実効的支配を及ぼしているかが問題となりえますが,β民族による約50年間の統治がそれに該当すると論じられます。
 また,分離権に基づく正当化も可能です。カナダ最高裁のケベック分離事件では,有意義な内的自決権の行使が妨げられている場合には,人民は最終手段として分離権を行使しうると判示されています。この判旨については争いがありますが,B国としては,この判旨に依拠して主張することになります。すなわち,再三にわたる民族差別の是正要求が認められていないため,内的自決権を否定されているP県は,分離権に基づき独立国家として認められると論じます。
2 設問2について
 やや難問です。その不可侵性を背景に大使館で亡命者等を保護する外交的庇護は,一般国際法上は認められていません。しかし,A国とB国は南米大陸に所在しているため,同地域の地域慣習法で外交的庇護が認められていると主張しえます。ただし,一連の庇護事件判決では,その地域慣習法の不在が示唆されています。そのため,仮に外交的庇護が認められなくても,同判例に基づき,引渡しは庇護を終了させる唯一の方法ではないから,義務ではないと主張すべきでしょう。
 また,政治犯不引渡し原則の観点からも正当化しえます。甲は,企業の建物の爆破と政府要人の暗殺という普通犯罪も行っています。しかし,B国の立場からは,優越の理論に基づき,P国独立運動という政治的要素が普通犯罪の要素を上回るため,国際法上引渡しができないと主張できます。
3 設問3について
 国家責任法の基本問題です。国家責任の発生要件は,①違法性と②帰属です。①違法性については,公館を不可侵とする外交関係条約第22条に違反します。②帰属については,原則として私人の行為は国家に帰属しません。しかし,民間警備会社乙はA国の指示に基づき行動しているため,A国の行為とみなされます(国家責任条文第8条)。また,たとえ乙によるB国大使館への侵入が権限踰越の行為であったとしても,その行為はA国に帰属します(同第7条)。さらに,A国がB国大使館の警備活動を放棄した行為(不作為)は,外交関係条約第22条に関する相当の注意義務違反であり,当然A国に帰属します(テヘラン事件参照)。これらの作為,不作為により,A国に国家責任が発生すると主張できます。
 この責任の解除のため,B国はA国に①原状回復,②金銭賠償,③満足の賠償を請求できます(国家責任条文第34~37条)。まずは,警備活動の再開という原状回復を要請しえます。他方で,乙の侵入に関しては,実質的な損害は発生していないと考えられるため,金銭賠償ではなく,公式の陳謝のような満足を要求すべきでしょう。

〔第2問〕
1 設問1について
 サールーガ島からの軍隊と警察の撤退を請求するにあたっては,まずは同島が自国領域であることを主張すべきでしょう。まずは,ウティ・ポシデティスの原則により,植民地時代の境界線が国境線となるところ,同島の課税権はB行政区が管轄していたため,B国領土となったと主張しえます。
 また,仮に植民地時代の境界線が不明瞭であったとしても,先占の法理に基づきB国領土と主張することができます。先占の要件は,①無主地を,②領有の意思をもって,③平穏かつ実効的に占有することです。植民地独立により①無主地となるとともに,同島への課税権の行使により②領有の意思と③実効的占有を満たしているといえます。そして,その後のA国軍隊・警察の駐留は,平穏な占有とはいえず,また征服は権原として認められないため,領有権は移転していないと考えられます。
 そのうえで,軍隊等の駐留が領土保全の侵害と武力による威嚇に該当し,国連憲章第2条4項に違反すると主張できるでしょう。また,生態系の保護のために,軍隊の派遣が唯一の方法であるとはいえないため,緊急避難による違法性阻却も認められません(ガブチコボ・ナジマロシュ事件参照)。賠償として,軍隊等の撤退という原状回復を請求できます。
2 設問2について
 サールーガ島からの軍隊と警察の撤退を請求するにあたっては,まずは同島が自国領域であることを主張すべきでしょう。まずは,ウティ・ポシデティスの原則により,植民地時代の境界線が国境線となるところ,同島の課税権はB行政区が管轄していたため,B国領土となったと主張しえます。
 また,仮に植民地時代の境界線が不明瞭であったとしても,先占の法理に基づきB国領土と主張することができます。先占の要件は,①無主地を,②領有の意思をもって,③平穏かつ実効的に占有することです。植民地独立により①無主地となるとともに,同島への課税権の行使により②領有の意思と③実効的占有を満たしているといえます。そして,その後のA国軍隊・警察の駐留は,平穏な占有とはいえず,また征服は権原として認められないため,領有権は移転していないと考えられます。
 そのうえで,軍隊等の駐留が領土保全の侵害と武力による威嚇に該当し,国連憲章第2条4項に違反すると主張できるでしょう。また,生態系の保護のために,軍隊の派遣が唯一の方法であるとはいえないため,緊急避難による違法性阻却も認められません(ガブチコボ・ナジマロシュ事件参照)。賠償として,軍隊等の撤退という原状回復を請求できます。
3 設問3について
 フィリピンと中国の南シナ海仲裁判決が参考になる出題です。国連海洋法条約第287条5項に基づき,A国B国間の同条約の解釈適用に関する紛争は,仲裁裁判所に付託することができます。仲裁裁判を行う前に,交渉等の意見交換が義務づけられていますが(同第283,286条),A国の交渉要請にB国が応じない以上,A国はこの義務を果たしたといえます。同第298条1項(b)では,軍事的活動および法執行活動を裁判管轄から除外する宣言ができる旨規定されていますが,こうした選択的除外の宣言はなされていないため,同号も障害となりません。そのため,A国は紛争を仲裁裁判に付託できると考えられます。
 本案に関しては,大陸棚に関するB国の法執行が論点となりますが,国連海洋法条約上明文規定はありません。まずは,上記の主権的権利の侵害(同第77条1項)や,合意を危うくしない義務の違反(同第83条3項)を主張できるでしょう。また,本仲裁裁判では,基本的には国連海洋法条約の解釈が争点となるはずですが(同第287条),同じ管轄権の基礎をもつガイアナ・スリナム事件では,国連憲章第2条4項に基づきスリナムの行動の違法性が認定されています。このことから,本問でも同項に基づき,武力行使および武力による威嚇の禁止の違反を主張できると考えられます。
 さらに,大陸棚に関する法執行活動や対抗措置が許容されるとしても,その措置は比例性(目的のために必要な範囲内)および必要性(他にとりうる手段がない)の要件を満たすことが,慣習国際法上求められます。仮に探査が違法であったとしても,開発と異なり回復可能な行為であるため,緊急性は低く,放水など他の手段でも対応しうると考えられます。そのため,B国による武器の使用(use of force)は,比例性および必要性の原則にも違反するといえます。
 
4 的中情報★★★
〔第1問〕
・2021全国公開模試(国際関係法〔公法系〕)第1問
 「分離権」★★★
 「逃亡犯罪人の引渡し」★★★
 「領事館の不可侵」★★
 「国家責任の発生と解除」★★★
・2021選択科目集中答練第8回(国際関係法〔公法系〕)第2問
  「国家承認」★★★
 
〔第2問〕
・2021全国公開模試(国際関係法〔公法系〕)第1問
 「領事館の不可侵」
・2021スタンダード論文答練(国際関係法〔公法系〕1)第2問
 「武力行使禁止原則と違法性阻却事由」
・2021スタンダード論文答練(国際関係法〔公法系〕2)第2問
 「武力行使原則とその例外」
・2021選択科目集中答練第2回(国際関係法〔公法系〕)第2問
 「武力不行使原則」
・2021選択科目集中答練第3回(国際関係法〔公法系〕)第1問
 「海洋の科学的調査」★★
・2021選択科目集中答練第5回(国際関係法〔公法系〕)第1問
 「係争海域での活動の限界」★★★
 「武力による威嚇又は武力の行使と実力の行使の区別」

選択科目(国際関係法〔私法系〕)  公開:2021年7月2日

【本試験の分析(辰已法律研究所作成)】
 
1 はじめに
 今年度の問題も,第1問が国際家族法に関する問題(50点),第2問が国際財産法に関する問題(50点)でした。国際私法・国際民事手続法・国際取引法の区分でいうと,今年度は,国際取引法の分野からの出題はなかったということができるでしょう。出題された論点のほとんどは,多くの教科書で取り上げられているものでした。過去に出題されたことがある論点について再び問う問題が複数あったことが,今年度出題された問題の特徴の1つと感じました。
 
2 問題文


3 本問の分析
〔第1問〕
⑴ 小問1

 本問の婚姻無効の訴えについて日本が国際裁判管轄権を有するかは,「手続は法廷地法による」との原則から,人事訴訟法3条の2第2号および3条の5によって判断されることを指摘し,これらの規定により,日本が国際裁判管轄権を有することを説明すればよいでしょう。
⑵ 小問2
 まず,重婚が禁止されるかという問題は,婚姻の実質的成立要件の準拠法を定める法の適用に関する通則法(以下,「通則法」という)24条1項によって判断されることを指摘しなければなりません。そして,同項の適用において,一方的要件と双方的要件の区別を国際私法独自説または準拠実質法説によるべきかを論じた上で,いずれにせよ,重婚の禁止の要件は双方的要件であり,甲国民法と日本民法が累積的に適用されることを説明しなければなりません。
 その上で,重婚は,甲国民法②によれば無効原因,日本民法743条によれば取消原因となり,この場合,より厳格な効果を定める法によって,婚姻は無効となることを説明することになります。
⑶ 小問3
 婚姻が無効となった場合,日本法では,その子は非嫡出子として取り扱われることになりますが,国際的事案において婚姻が無効となった場合,子が嫡出子として取り扱われるかという問題は,通則法28条によって判断されることを説明しなければなりません。そして,同条1項によれば,夫婦の一方の本国法で子の出生の当時におけるものによって子が嫡出となるときは,その子は,嫡出子とされること,つまり,選択的連結が採用されていることを説明し,甲国民法③によって,Dは嫡出子として取り扱われることを説明することになります。
2 設問2について
 婚姻の方式は,通則法24条2項と3項によって判断されることを指摘し,そして,それによれば,当事者の一方が日本人である日本での婚姻の方式は,日本法によることを説明する必要があります。本問の事実関係をこれに当てはめると,日本に駐在する甲国の領事の面前での婚姻は,日本法の要件を満たすものではないため,この婚姻は日本では有効ではないとの結論にすればよいでしょう。

〔第2問〕
1 設問1について
⑴ 小問1
 まず,本問の不法行為に関する訴えについて日本が国際裁判管轄権を有するかは,「手続は法廷地法による」との原則から,民事訴訟法によって判断されることを指摘する必要があります。その上で,同法3条の3第8号の不法行為地が日本にあるということができるか,特に,加害行為の結果が日本で発生した(日本が結果発生地)ということができるかについて論じることになります。管轄原因が日本にあるということができると考える場合には,同法3条9が定める特別の事情の有無についても,論じることが必要になると思われます。
⑵ 小問2
 本問は,不法行為の準拠法について問う問題です。まず,本問の事実関係から,通則法17条本文の「加害行為の結果が発生した地」(結果発生地)がどこであるかを判断しなければなりません。その際,通則法17条本文の結果発生地と民事訴訟法3条の3第8号の結果発生地の概念は異なるかということが論点になることを指摘し,それについて論じる必要があるでしょう。その上で,本問の事実関係を通則法17条ただし書,20条,21条に当てはめて,適用される法を検討することが必要になります。これらによって,外国法が適用されることになる場合には,同法22条についても言及する必要があるでしょう。
 
2 設問2について
 〔小問1〕と〔小問2〕では,生産物責任の準拠法,つまり,本問の事実関係を通則法18条本文,18条ただし書に当てはめて論じることが必要になります。
 〔小問1〕は,同法18条ただし書の「その地における生産物の引渡しが通常予見することのできないものであったとき」に該当しないため,同法18条本文によって,生産物が引き渡された甲国法によると解答すればよいでしょう。これに対して,〔小問2〕では,「その地における生産物の引渡しが通常予見することのできないものであったとき」に該当するかについて,慎重に検討しなければなりません。なお,同法18条ただし書に該当するかどうか検討においては,ここでいう予見可能性が,結果の発生についての予見可能性ではなく,場所についての予見可能性であることに特に注意して論じる必要があります。
 その上で,〔小問1〕と〔小問2〕では,20条,21条,22条についても言及する必要があるでしょう。
 
4 的中情報★★★
〔第1問〕
・2021スタンダード論文答練国際関係法(私法系)2第1問
 「認知の訴えの国際裁判管轄」★★
・2021選択科目集中答練第2回第1問
 「嫡出推定と嫡出否認」
・2021選択科目集中答練第3回第1問
 「婚姻の方式の準拠法」★★
 「人事訴訟における国際裁判管轄」★★
 「公序良俗」
・2021選択科目集中答練第6回第1問
 「重国籍者の本国法」★★
・2021選択科目集中答練第7回第1問
 「重国籍者の本国法」★★★
・2021選択科目集中答練第8回第1問
 「婚姻の成立要件に関する配分的適用」★★
 「婚姻の方式の準拠法」★★★
 
〔第2問〕
・2021スタンダード論文答練国際関係法(私法系)1第1問
 「不法行為」
・2021選択科目集中答練第2回第2問
 「損害賠償請求権の準拠法」
・2021選択科目集中答練第4回第2問
 「不法行為に基づく損害賠償請求権の準拠法」★★
・2021選択科目集中答練第8回第2問
 「直接管轄における管轄原因事実の証明の程度」
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