社会人の武器を最大限に生かし
徹底した効率化で短期合格を掴む
1 司法試験の受験を決意した経緯
プライベートのトラブルがあり、ある弁護士の先生に3年以上にわたりお世話になることがあり、絶望的な状況の中で真剣かつ誠実に私を支えてくれたその先生の姿を拝見し「法律家」という職業に魅かれました。私自身法学部出身かつ地方公務員として法律に縁もあったことから、困難から立ち直る証として難関資格である司法試験を突破し、その結果を伝えることで、自分を支えてくれた弁護士の先生に謝意を示したいと思いました。合格後の転職までは考えていなかったものの、自分が経験した苦難や法律の専門知識は、司法・行政いずれの立場でも今後の職業人生で役に立つと考えました。
2 予備試験合格までの学習状況(法律学習)
⑴ 論文対策
受験を検討し始めた2021年11月初頭に、予備試験の過去問と参考答案を何点か通読し、「この合格答案を制限時間内に作成するために、不足している法律知識を補充する」という考え方のもと、2023年予備試験の合格に照準を合わせつつ、経験のために2022年の予備試験にも出願することとしました。
仕事と両立するため、受講時間帯や場所を選ばないオンライン予備校を利用し、法律7科目の基礎講義を受講しました。多少分からない部分も後のアウトプットと並行して理解すればよいと割り切り、基礎講義は1カ月強で1周させ、年内には短文事例問題の演習に移行しました。すぐに解答筋が思いつかない場合でも余分な時間を浪費しないようすぐに模範解答を見るようにし、効率的に先に進むことを優先してインプットには一切戻りませんでした。
その後の論文過去問演習でも、回数をこなすことを重視し、2022年の4月頭頃までには、法律7科目の予備試験全過去問を2周しました。
⑵ 短答対策
論文の勉強に力点を置きつつ、2022年1月頃から短答過去問の肢別問題を予備校のスマホ短答アプリをスキマ時間(通勤中など)にこなし、4月中旬から短答試験までの1カ月弱は短答対策に全振りしました。
商法や民刑訴は、条文知識のみで対応できる問題も多く、これらは論文の勉強で手薄になっていたことから、条文素読も取り入れました。
民事系・刑事系は、正解肢が分かった時点で(他の肢を読まず)次の問題へ行かないと時間が足りず、そのためには、確実に肢を切るための精度の高い知識が求められます。時間の限られる社会人は、マイナーな知識まで幅を広げず、基本判例や重要条文を正確に理解・記憶することに努めたほうが良いと思います。
⑶ 論文試験直前期
短答試験後に、選択科目(労働法)と実務基礎科目の準備を本格的に始め、法律7科目の予備過去問3周目にも入りました。知識習得で得点が安定する実務基礎科目は厚めに時間を取る一方、令和4年度より論文試験が導入された選択科目は周囲も準備不足だろうと割り切り、優先順位を下げて主要論点に絞って勉強しました。民事実務基礎の要件事実の理解は、民事系科目の得点力向上にも寄与しました。
論文試験3週間前に受けた辰已の論文模試では合格圏外でしたが、残り時間で新たな知識を増やしても消化不良になると判断し、既習の短文事例問題や過去問を反復して重要論点の定着を図りました。
⑷ 論文試験終了から論文合格発表まで
合格と不合格を両にらみし、口述対策と翌年の予備試験対策を兼ねることができる実務基礎科目と、司法試験の論文過去問のうち民法、民訴、刑法、刑訴に取り組みました。
⑸ 口述試験対策
最低点スレスレで論文試験に合格したため、辰已を含む口述模試を2カ所申し込み、辰已の赤本青本の口述過去問を読んで当日のイメージを膨らませながら、実体法と手続法のインプットを強化しました。口述独特の雰囲気に慣れるためにも、口述模試は必須です。
民事では、要件事実の基本的な類型は反射的に答えられるまで繰り返しました。また、刑事では総論各論ともに、主要な学説対立までを含めた深い理解が問われ、各論では構成要件を正確に記憶する必要があります。
口述試験は合格率が高く、余程のことが無ければ落ちないと思われがちですが、対策を怠れば普通に落ちますので絶対に安心してはいけません。
3 予備試験合格後の学習状況(法律学習)
論文対策としてのアウトプットの高速回転という学習方針は予備試験と同様です。
近年の論文試験は、出題論点自体は基本的なものが多く、解答の方向性が丁寧に誘導される傾向にあります。そこで、予備試験で既に学んだ基本論点の理解や論述の作法を定着向上させることを重視し、自説の軸となる判例学説の論拠をより深く理解するのに必要な範囲で反対説まで手を広げることとしました。基本的な条文や利益衡量の考え方を押さえておけば、知らない判例や未知の論点が出題されても現場思考で解答筋を導き出すことができます。
およそ1週間で1科目の全過去問(プレテスト~令和4年まで)を回しました。フル起案をすると時間がかかるため、過去問演習は答案構成までにとどめました。予備試験対策よりは時間に余裕ができたため、随時インプット講義や基本書にも戻りましたが、あくまで中心はアウトプットです。直前期は基本事項をより定着させるため、過去問よりも短文事例問題集の周回に注力しました。
短答試験対策は直近3年程度の過去問を解いて本番の時間配分をイメージしつつ、条文素読や予備校テキストで知識の定着を図りましたが、予備試験時よりも対策が手薄になり、本番での点数は伸び悩みました。
4 受験対策
⑴ 辰已講座の利用方法とその成果
① 予備試験論文公開模試及び司法試験全国模試
模試は、試験会場での時間の使い方(直前に何を読むか、トイレのタイミング等)をシミュレーションでき、本番環境を経験することは試験当日の落ち着きにもつながるので、会場での模試を最低1回は受けるべきです。
辰已の論文模試は本番と同じ時間帯で行われ、答案用紙もほぼ同じ紙質のものが使用されているので、本番でも慌てることなく試験に集中することができました。
② 口述模試
辰已の口述模試は、論文模試同様に本番の流れを可能な限り再現してくれているので良い予行演習になります。講評では修正ポイントを具体的に指摘していただけました。
また、二人一組でペアになって口述模試を行うスタイルは、他の受験生の受け答えを客観的に観察でき、自分の刺激にもなる点で画期的だと思います。
⑵ 私がやって成功した方法
① 過去問(ゴール)から入る
全くの初学者でなければ、過去問及び参考答案の確認は学習開始当初に行うことが有効だと思います。最終的に自分が納品すべき成果物を確認してこそ、自分に足りない要素やそのギャップを埋めるために必要な準備が見えてくるからです。
② ペーパーレスの徹底
自作ノートは作成せず、書籍は極力電子書籍を購入しました。また、タイピングの方が圧倒的に速いことから、模試以外での答案作成はほとんどパソコンで行いました。教材や起案は、クラウド上にデータ保存しておけば外出先等においてスマホでも復習できるので時間を有効活用できます。
③ 試験本番チェックリストの作成と本番ルーティン
模試での反省も踏まえ、「条文の正確な指摘」「小問の結論と設問の問いの対応関係のチェック」「(途中答案回避のため)〇〇法は遅くとも開始△分経過時点で答案作成に着手」などのチェックリストを作成して直前期に繰り返し確認し、知識以外の形式面で失点しない工夫をしました。
私は記述速度が遅いため、予備試験本番では「原則として答案構成をしない」ことにしました。模試で通用したことから採用した作戦ですが、これが奏功するかは人によります。(問題文の長い司法試験では、設問間の論理矛盾回避や適切な時間配分の観点から、最低限の答案構成が必要でした。)
また、予備試験、司法試験ともに試験開始直後に行う動作とその順序(問題冊子のページ数確認、配点割合チェックと時間配分メモ、設問指示へのマーキング等)をルーティンとして決めておくことで、心を落ち着けるようにしました。
⑶ 私が使用した本
① 趣旨・規範ハンドブック
予備試験論文試験後、口述試験前に購入しましたが、私は問題演習を通じて論証を記憶に定着させる方が肌に合っていたようで、1周回した後はあまり使用しませんでした。
② 論文過去問パーフェクト~ぶんせき本~
合格答案の相場観やどういった論述が加点されやすいのかを掴むうえで有効かと思います。もっとも、優秀答案のレベルに圧倒されて必要以上に気負うことは危険です。予備校に提出する再現答案は、他人に見せることを前提に、粗い表現や間違った日本語を多少修正していると思われるので、現実の答案はそこまで整理された文章になっていないと思われます。
③ 法律実務基礎科目ハンドブック(民事・刑事)
ポイントが非常に見やすくまとまっていると思います。口述の過去問が掲載されている書籍も少ないのでとても重宝しました。合格後は司法修習の予習にも活用できると思います。
5 自己の反省を踏まえ、これから受験する人へのアドバイス
⑴ 自分の特性を理解し、社会人ならではの武器を活かす
地方公務員として行政計画や議会答弁などの文章を日常的に作成していた自分にとって、論文作成自体は苦にならず、知識面の不足をいかに効率的に補うかが課題でした。
一般的に社会人は勉強時間が限られ、専業受験生よりも不利と思われがちですが、本業で培った文書作成能力や人生経験に裏打ちされた推論力などは、現行司法試験では強力な武器になります。私は、「仕事の忙しさを試験勉強ができない言い訳にしない。試験勉強の忙しさを理由に仕事の質を落とさない。」を合言葉にしました。結果的に、残業を減らす努力が業務効率化につながるだけでなく、試験勉強で得た法律知識が自分の職務に還元されるという相乗効果を得ることができました。
最適な学習方法は、個人の特性や置かれた環境により一人ひとり異なりますので、一般的に効果的(異端)とされる方法でも、自分にとって有効かどうかを判断すべきだと思います。
⑵ ICTツールを最大限に活用する
2026年の司法試験からCBT方式が導入されますが、学習効率の向上だけでなく合格後の実務を見据える上でも、パソコンやスマホを使いこなすことは必須です。コロナ禍を通してオンラインツールが発展し、時間と場所を選ばずに学習できる環境が整ったことは、社会人受験生は追い風になったと思います。
⑶ 答案枚数を稼げばよいとは限らない
私は筆記スピードが遅く、本番でも4~5枚程度しか答案を書けなかったため、それを与条件として、論証をコンパクトにするなどの対策をとるしかありませんでした。
しかし、仕事で作成する企画書や報告書でも、無駄に冗長な書類よりは、要点を端的にまとめた書類の方が優れています。大量の答案を読む考査委員の立場に立てば、事案解決に必要な要素を簡潔にまとめた答案であれば高い評価を得られると思います。
⑷ 法律知識以外の部分で失点しない
予備試験、司法試験では、基本的な法律知識があることは前提ですが、それ以前に「事実に向き合い聞かれたことに正面から答える姿勢」「三段論法などの作法」「正しい日本語での表現力」など、知識以前の素養が評価されており、得点への影響も決して小さくないように思います。予備試験での私の答案は、基本的知識の不足や論点に対する無理解が著しいものでしたが、上記の事項に注意した結果、予備試験ではF評価を一つも取らず、司法試験でもD以下の評価を一つも取りませんでした。
⑸ 本番では最後まで諦めない
今年の司法試験は民事訴訟法が難化し、2日目終了時に「落ちた」と思い精神的にかなり参りましたが、刑事系で挽回しようと気持ちを奮い立たせました。5日間計20時間近くに及ぶ苛酷な試験ですが、最後まで諦めなければ合格のチャンスはあります。周りの受験生も必ずミスはしていますので、1つや2つの失敗で落ち込むことはありません。
⑹ 合格のその先へ
法曹資格は自分のなりたい姿や成し遂げたい目標を達成するための手段にすぎません。合格後に燃え尽き症候群に陥らないためにも、自分が何のためにこの試験に挑戦するのかを自分自身に問いかけてみてください。私は試験開始当初に、目指す姿と達成期限、達成に至るプロセスを明記した企画書を書面で作成し、定期的に確認していました。